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『天空都市ブルーローザ』

 一人きりの世界に咲き誇るのは青いバラだった。

 高貴な香りと水晶の放つ虹色の彩光に包まれて、青年ノアは登場人物が自分一人の永遠の夢を見ている。

 眠って見る夢、起きてみる夢。

 思えばノアにとってはどちらも大差ない。

 起きているけど夢を見ている、夢を見ているけど起きている。その夢幻の境界を漂うように淡い世界をひたすら歩き続けている。


 青いバラの花びらに触れようとしたとき、威光を放つ声が世界に差しこまれた。


——ノア、目覚めなさい。ノア。


 ノアは柔らかな夢の感触を手放すまいとぐっと目元に力をこめた。


「待ってよ、眠いんだ」


 忌々しげに寝返りを打ち、寄り添うグリフォンの首を無意識でぎゅっと抱きしめると彼が腕の中で小さく身じろぎした。


——いつまで眠るつもりかね。お前には果たさねばならない使命があるのだよ。


「そんなの無いよ。ボクはずっと寝ているだけ。何百年も何万年も」


 ノアは実際どれだけ過ぎたか数えることの敵わない膨大な時間を飽くことなく眠り続けていた。


——役目を全うする時がきたのだよ。さあ、目覚めなさい。


 役目。その言葉で思い出す。自分にはかつてそう呼ばれる物があった気がする。

 そして、彼はどうしてそのことを知っているのだろう。


「あんた、誰だい」


——お前は神の存在も忘れてしまったのかな。


「かっ! 神さま」


 ノアは夢の世界から現実へと勢いよく言葉を放り投げると、目を見開いてがばっと飛び起きた。

 目覚めると目前に神の姿はなく、無数の宝石たちがきらきらと煌きながら静かにとりどりの色を放っているだけ。

 大量の宝石の屑を敷きつめたベッドに、部屋を仕切る巨大な水晶の柱はまるで変わらない。見なれたいつもの景色だった。


「きゅううぅ」


 グリフォンがかたわらで愛しそうに鳴いた。柔らかく慈しむように薄緑の羽毛をそっと撫でてやると目を細めて嬉しそうにする。

 伏した視線をそばへと這わせて、ひと際大きな水晶の柱をのぞきこむと伸びざらしの長い金髪と痩せこけた青年の顔が映った。

 骸骨のような呆然とした表情を見つめ、現実と我を取り戻す。


 次第にしっかりとし始めた意識が、頭中に漂っていた『言葉』をしっかりとつかんだ。


——役目。


 神さまは確かにそういっていた。


「こうしちゃいられない」


 グリフォンから手を放して宝石をじゃらりと踏みしめて立ちあがると裸のまま近くの衣裳部屋へと急いだ。


「みんなおはよう、でもごめん。今は急いでいるんだ」


 物珍しそうにする幻獣たちの頭や首筋を撫でながらあいさつをして、その間を器用にすり抜ける。滑りくだるように巨大水晶で豪快に仕切られた衣裳部屋に到着すると大量の衣装の中から一番のお気に入りを見つくろう。

 真っ白の大きなリボン付きブラウスに品のいい濃紺のチェックのベストを重ね、ハリのある青色のパンツを履きこなしお揃いの青色の燕尾服を着こんだ。すべて幻獣の毛を撚り合わせた繊維でできた軽やかな逸品だ。最後にお気に入りのキャメルの革のブーツを履きこむ。


 とてもキマっていると思ったが、伸びざらしの髪は頂けない。


 無心でザクザクと切り進め、長い髪を払い落す。足元に金色の毛がまるで干草のように散らばった。気のすむまで短く切り終えると等身大のダイヤモンドの結晶の姿鏡で食い入るように全身を確認した。

 にっと笑うが痩せた頬だけはどうしようもなかった。

 ちゃんと食べよう。そう決意すると神殿を目指した。


 神殿はここ、ブルーローザの中央部の小高い野原の丘にある。丘のふもとに咲き誇る青いバラを見て夢の姿を思い出した、夢よりやっぱり本物が何万倍も愛おしい。

 神殿といっても建造物は一切なく巨大な山型の水晶があるだけで、そこでいつも空に向かって手を広げ、それと会話するのだ。

 正体も知らないけれど、それが神と名乗るからノアもそれを神さまと呼んでいる。


——ノアよ、良く来てくれた。


「神さま、役目って仰ったでしょう」


 急き立てるノアの言葉を受け止めて神が穏やかに語りだす。


——その前にわたしの決意と嘆きを聞いてくれるか。


 ノアはその言葉を聞いて高揚していた気持ちがしぼんだ。とても悲しい声音に聞こえたからだ。


「神さま、何かあったんですか」


——人間のことは話したことがあると思うが。


「ええ、大地には人間という生き物がたくさん暮らしていると聞きました」


——人間は強欲で争いを好み大地を汚す生き物だ。ゆえに八年後、わたしはこの惑星に怒りの雨を招き大地を洗い流すことにした。


「そんなことしたら、生き物は」


——全て死に絶えるだろう。けれど、それではせっかく育ったこの星の命が絶えてしまう。そこでノア、お前に大切な願いを託す。


「お願い?」


——人間たちの中から精錬なつがいを三組選び、彼らと協力して地上のあらゆる生物のつがいをこのブルーローザに連れ帰り世界の難から逃れなさい。地上が不浄から解放されるのを待つのだ。


 ノアは心に飛来した使命感に瞳を輝かせた。


「それがボクの生まれた意味なんですね」


——そうだ。


「任せて神さま。必ずその使命を果たします」


——頼んだぞ、ノア。


 ノアは人生で初めて感じる喜びを抱きしめてブルーローザ中を駆けまわった。


「神さまはボクに役目を与えて下さったんだ」

「人間たちを連れ帰るよ」

「みんなも一緒に行くかい」


 幻獣たちは不思議そうにその様子を見つめている。ノアは心躍る思いだったが、しばらく駆けまわってはたと冷静になる。大切なことを忘れているのだ。


「人間ってどこにいるんだろう」


 ノアは人間たちがどこに住んでいるか知らない。

 そして、どんな生き物かさえも知らないのだ。


「大地ってどこにあるんだろう」


 遠くを見回しても見えるのは雲と空ばかり。大地の影形さえ見えなかった。


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