覚醒
「……まったく、タートリス様ったら」
火照った身体を冷ますべく、部屋を出たフィリエは、すれ違うメイド達の視線を意にも介さずエントランスへと向かう。
「……ニューリーフ様?」
「ん? なんだ、妹の方か。穀潰しに用は無い。話しかけるな」
「……そうですか」
第三王子が来るという話だったが、随分早い到着だな、なんて考えつつ、フィリエはニューリーフとすれ違う。
「……そういえばリィリィの姿、見ませんでしたわね?」
買い出しにでも行ったのなら荷物を運ぶのを手伝おうと、フィリエは商店街の方へ向かう。
「……っ!? なんですの!?」
商店街側からフィリエの方へと大勢の人が走っている。
「あ、アンタ! エトプブリア家の! 大変だよッ!街中だってのに急にオーガが現れてッ! アンタんところの獣人メイドが戦ってる!」
その中の男性がフィリエに駆け寄り事情を説明する。
「リィリィ……っ!!」
「ちょっと待てよッ! アンタ魔法が使えねぇんだろッ!? 他の人を呼んだ方が安全なんじゃねぇか!?」
「それはアナタに任せましたわッ! ワタクシはリィリィを助けに行きますッ!」
「助けに行くったって……あっ、オイッ!!」
フィリエは男性の手を払って商店街へと向かった。
「は、っはは、流石にカッコつけすぎちゃいましたか……にゃッ!!」
「リィリィッ!」
商店街に到着したフィリエが見たのは、体長3メートルほどのオーガの脚に蹴り飛ばされるリィリィだった。
「フィリエ様ッ!?」
「……ぐッ! あぁッ!!」
飛んできたリィリィを全身で抱き留めるフィリエ。
しかし勢いは収まらず、建物の壁へと強く頭を打ってしまった。
「フィリエ様ッ!? フィリエ様ッ! フィ……」
「う、うぅ……」
頭から温かい何かが出ていくのを感じるとともに、視界が暗くなっていく。そして。
「人の子、やっほ〜」
「……え、ここはどこですの?」
「ここは……どこ?」
次に視界に入ったのは真っ白な空間と、白髪の幼子。そして……自分と同じような台詞を発する黒髪の女性だった。
「ここはねー、おねーさんにもわかりやすいように説明すると、『天国』ってところかも」
「天国……!? ワタクシ、死んでしまったんですの!?」
「天国……そう、私はあの飛行機事故で……」
「ヒコウキ? それは……うっ!」
「そうそう、おねーさん、勇敢だったね。設備不良でシートベルトが壊れて放り出された子供を抱き留めて死んだんだもん」
フィリエが疑問を抱いても、二人は答えない。
まるで、そこにいないかのように。
そして、ヒコウキ、という言葉を発したときに、彼女の頭がズキリと痛んだ。
「……あの子は助かったの?」
「うん、唯一の生存者。頑張ったね、おねーさん」
「……そう。それなら私も死んだ甲斐があったのかな。あはは」
自嘲する女性に幼子は頷く。
「……そんなおねーさんにはご褒美、あげなくちゃね」
「ご褒美?」
「うん、ボクにおねーさんを招いてあげる」
「ボクに……招く? どういうこと?」
「ボクはね、おねーさんにとって異世界の星の意思。勇敢なおねーさんのこと、気に入ったから、所謂『異世界転生』ってやつをさせてあげようかなって」
「異世界に、転生……?」
首を傾げる女性の後ろでフィリエがボソッと呟く。
「次にこの幼子はこう言いますわ。『もちろん、特典もあるよ。いわゆる転生スキルってやつ』」
「もちろん、特典もあるよ。いわゆる転生スキルってやつ」
「……やっぱり! ワタクシは、この会話を聞いたことがあるんですわ! 何故なら」
「転生……スキル?」
「この黒髪の女性はワタクシだから……!」
フィリエが女性の肩を叩こうとするも、スルリと突き抜けていく。
「おねーさんが得意な催眠術、強化してあげるよ。詳しいことは、後でわかるはず」
「……私は人生、やり直せるのね?」
「うん、この世界で、ボクの上でやり直せるよ……あ、でも気をつけてね。転生者は魔法が使えないから、ここでのこととか前世のことを忘れちゃうと、おねーさん、すっごく生きづらくなっちゃうからね」
「……? わかったわ」
「あーーっ! わかってない! 事の重大さを全然理解しておりませんわワタクシーっ!!」
と、前世の自分にツッコミを入れ、軽く項垂れるフィリエ。
「……そういうこと、だったんですわね。今ならハッキリと思い出せますわ」
「前世のことも、催眠術のことも……ッ!」
「──様ッ! フィリエ様ッ! フィリエ様ぁ!」
「……はッ!」
「よかった! 意識が戻った! さあ、逃げましょうフィリエ様ッ!」
「いや、間に合いませんわッ!」
リィリィの背にはオーガが走って間近まで迫っていた。
「……オーガッ! こっちを見なさいッ!」
咄嗟の判断でフィリエがそう叫ぶと、音に反応したのか、視線がフィリエへと向く。
「3、2、1……意識を失えッ!!」
フィリエが視線を合わせそう叫ぶと、走っていたオーガはガクンとその場で倒れた。
「「フィリエッ!」」
「……ほう」
瞬間、タートリスとトレンタが駆けつけ、後ろからゆっくりとニューリーフが歩いてきて状況を理解する。
「……フィリエがオーガを」
「……倒した?」
「そうとしか考えられんな」
「……フィリエ様?」
「あのー、感心しているところ悪いのですが、どなたかこのオーガにトドメを刺してくださいまし? まだ気絶しているだけなので」
四人が呆気に取られている様子にどこか優越感を覚えながら、フィリエはクスリと笑った。