溺愛
「──おかえりなさいませ! タートリス様! トレンタ様!」
大勢のメイドが口を揃えて数人を迎える。
「ああ、ただいま戻った。ところでフィリエは……ああ、いたな。おーい!」
「ひぇ……!」
タートリスと呼ばれた男性がフィリエに駆け寄る。
「戻ったぞ、フィリエ。積もる話はあるが、まずは君の両親に挨拶に行ってくる。また後でな」
「は、はい……!」
通りの良いハッキリとした口調でそう言うと、タートリスはフィリエの肩をポンと軽く叩き、去っていく。
「はぁ……置いていかないでください、タートリス様」
そんな彼を追う数名の付き人達がいて……。
「まったく、タートリスったら、相変わらずなんだから……フィリエ、ごきげんよう。元気かしら?」
「トレンタお姉様、ごきげんよう……ええ、ワタクシは変わらず元気ですわ」
「そ。それならいいわ。私たちも行くわよ、ドレア」
「はい、トレンタ様」
「……ッ!」
トレンタと呼ばれた女性とドレアと呼ばれた女性が彼らの後を追う。
その際にドレアはフィリエの足を強く踏み締めて行った。
「…………っ!」
彼らが去っていくと、メイド達の視線はフィリエに集まる。
「……何でタートリス様はあんな穀潰しに」
「いやー、最後のドレアさんのアレ、スカッとしたわぁ」
「……っ!」
フィリエがまだ居るにも関わらずそんなことを話している彼女たちを睨みつけ、フィリエは自室へと戻っていく。
「……ふふ!」
メイド達には心無い言葉をかけられたが、フィリエの心は躍っていた。
気持ちばかりの化粧をして、紅茶がなみなみ入ったティーポットをテーブルの上に置き、椅子の上でソワソワと落ち着きなく肩を揺らしている。
「……フィリエ、入っても大丈夫か?」
「ええ! お入りくださいませ、タートリス様!」
コンコンコンコン、とノックの音。
フィリエは思わず立ち上がって、客人を招く。
「失礼する。相変わらず片付いた部屋だな」
「えへへ……あっ、座ってくださいまし」
遠回しに物が少ないと言われただけなのだが、フィリエはそれを褒め言葉だと捉え、照れくさそうに笑う。
「ああ……どうした、フィリエ。なんだか目が赤くないか?」
「あっ、いえ、これは……!」
座ってフィリエの顔を見つめるや否や、その異変に気づく。
「メイド達に何かされたのか? 言ってくれ」
「……メイド達に何か言われることは慣れておりますわ。今日悲しかったのは、お母様に魔法の練習を見られて、見苦しいからもうしなくていいと言われたことです」
「母君が……前にも話したことだが、彼女は君が幼少期に負った頭の怪我を大層気にされていた。あの怪我が魔法を使えない原因なのではないか、と」
「咄嗟に出てしまった言葉なのはわかりますわ。それでも……」
「ああ、こんなに可愛らしい君に対して見苦しいなんて、君の母君と言えど許せないな」
「か、可愛らしいなんて、そんな……」
「ん? 本当のことじゃないか。目鼻立ちも整っていて、ピンク色の髪だってこんなにも艶やかだ……今日はシンプルに髪を下ろしているんだな。似合っているよ」
「うぅ、タートリス様はいつもこんなワタクシのことを褒めてくださる……あの、えっと、髪については、その。リィリィと喧嘩してしまいまして」
「こんな、なんて言葉、使うんじゃない……なるほど、喧嘩か。早く仲直りができるといいな。ロール状の髪型も、とても素敵だから」
「あ、ありがとうございます……その、タートリス様はどうして私に良くしてくださるんですの?」
タートリス・フォン・ウィクドニア。
この屋敷が立つ国、ウィクドニア王国の第五王子であり、炎魔法のエキスパートである。
齢18で末弟の第五王子と言えど、その実力は兄弟の中でも二番目だと言われており、将来を有望視されている。
そんな彼が何故フィリエのような落ちこぼれを?
今まで何度も口に出しかけてやめていた言葉が、今日は何故かスルッと出てきてしまった。
「どうしてって……俺たち、幼馴染じゃないか」
「そ、それならトレンタお姉様だって」
トレンタ・エトプブリア。
フィリエの姉にして、十年に一度生まれるか否かと言われている回復魔法の使い手である、所謂『聖女』と呼ばれる天才だ。
フィリエの両親はもちろんのこと、国民達からタートリスとトレンタの結婚は望まれている。
にも関わらず、タートリスはトレンタに対してそっけない態度をずっと取っているのだ。
「……ははっ、そう言われると誤魔化せないな。
そうだな。フィリエ。俺は君のことが好きなんだ」
「わ、ワタクシのどこが……」
容姿には多少の自信があった。しかしそれでちょろまかすにはあまりにも大きすぎる落ちこぼれという負債があって。
「そうだな、言いたいことはたくさんある。君の笑顔は最高だと思うし、君の心根の良さは魅力的に思う。それに……」
「おっ、お紅茶、お淹れしますね……!」
大人しく聞いていたフィリエだったが、途中から耐えられなくなり、ティーポットから紅茶を注ぐ。
「そうだな。君が淹れてくれる紅茶は最高だ」
「も、もう……っ!」
頬を軽く膨らませるフィリエとその様子を愛おしそうに見つめるタートリス。
穏やかな雰囲気が部屋には漂っていた。
「タートリス様は、どうでした? 遠征でお怪我はされませんでした?」
「ああ、問題ない。あまりトレンタに借りは作りたくないからな」
ティーカップを口元へ運び、穏やかな表情でタートリスは頷く。
「借り云々はよくわかりませんが……お怪我がないならなによりですわ」
ホッと息を吐くフィリエ。
次の瞬間、コンコンコンコン、とノックの音が響く。
「タートリス様、失礼いたします。早急にお耳に入れたいことがありまして……」
「なんだ、言ってみろ」
「第三王子がこのお屋敷にいらっしゃるそうです」
「いつだ?」
「この後すぐ、だそうです」
「……はぁ、わかった。それは『作戦会議』が必要だな。わかった。トレンタ達を『主人の間』に集めてくれ。俺も急ぎ向かう」
「かしこまりました!」
「……と、言うわけだ。すまないな、フィリエ。お茶会はここで切り上げる」
「いえいえ、お気になさらず。それにしても、ニューリーフ様が……何を考えていらっしゃるのでしょう?」
「さて、な。どうせロクでもないことだろうが……では、行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃいまし!」
「……おっと」
「……? ひぁ!」
振り向くタートリス。不思議そうな表情を浮かべるフィリエ。
瞬間、タートリスはフィリエの額に口付けをした。
「せっかく想いを伝えたんだ。これくらいのことはさせてくれ。それではな」
「は、はい、行ってらっしゃいまし……!」
プシュ、と煙が出そうなほどに真っ赤になったフィリエであった。