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落ちこぼれのフィリエ

「──フィリエ様! 朝ですにゃっ!」

「ん……んー」

「もーっ! かくなる上は〜っ!」

「ひゃっ!」


 バサッと毛布が持ち上げられる音に続いて、驚きの声が響く。


「今日はグッスリ眠れたようでなによりですにゃ! フィリエ様!」

「ふわぁ……おはよう、リィリィ。たしかによく眠れましたわ」


 呆れるような、怒るような声を意にも介さず、フィリエと呼ばれた少女は欠伸をする。


「まったく、呆れるほどの大欠伸ですにゃ……ただいま朝食をお持ちいたしますにゃ」


 そう言うと、リィリィと呼ばれた、猫耳が生えた少女が部屋を出ていく。


「……ふわぁ、まだ眠たい」


 もう一度欠伸をしたフィリエは起き上がるでもなく、目を閉じる。


「……あ〜っ! また寝てるにゃ〜っ!!」

「だってまだ眠たくて……」

「ダメですにゃ! エトプブリア家の娘としての自覚を持ってくださいにゃ!」

「もう誰も期待していないですわよ、ワタクシのことなんて……」


 フィリエ・エトプブリア。

 貴族であるエトプブリア家に生まれた、所謂貴族令嬢である。

 ……のだが。


「……フィリエ様がそんなだからッ!

 ……もういいですにゃ! 朝食、置いておきますからね!」


 はぁ、と大きくため息を吐き、リィリィは部屋を出ていく。


「……だって、どうしようもないじゃない」


 先ほどリィリィがしたのと同じように大きくため息を吐き、起き上がる。


「……相変わらず、味、しないですわ」


 独り言ちながらトーストを齧る。

 ハムエッグを切り分けて口に運ぶも、フィリエにその味は伝わらない。


「……」


 食事を終えて立ち上がると、フィリエは自室の扉を少しだけ開ける。


「はぁー、この部屋の前を通る度に嫌になるわ。なんで真面目に働いてるアタシたちよりあの穀潰しが良い暮らししてるのよ」

「ちょっと〜、やめなよぉ、仮にもご主人様だよ? 穀潰しなんてさぁ〜」

「ふん、アタシを雇っているのは旦那様だし? 旦那様に知られたところで注意もされないでしょうよ」

「それはそうだろうけどさぁ〜」

「……あの獣人といい、何でこの屋敷に平気な顔していられるかわかんないわ。クソ獣人にクソ穀潰しの組み合わせはお似合いだけどね。はははっ!」

「…………ッ!」


 聞こえてきたメイド達の会話に、フィリエは思わず扉を勢いよく開ける。


「うわ、ヤバ……」

「ふん、いきましょ。どうせコイツの発言に力なんてないわよ」


 メイド達の軽蔑に満ちた視線に対してただ睨み返した後、フィリエは扉を閉めた。


「はぁー……」


 フィリエは扉の前でうずくまると、深くため息を吐いた。


「ワタクシだって、なりたくて穀潰しになったわけではありませんわよ……ッ!」


 フィリエ・エトプブリアは落ちこぼれの穀潰しだ。

 10歳頃には誰もが一属性使えるようになる魔法を彼女は使えない。

 そのせいで学校から除名され、屋敷に引きこもる毎日を送っている。


「ごめんなさい、リィリィ……アナタの言う通りだわ。ワタクシが、こんなだから」


 目頭が熱くなり、やがて涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「……ダメよ。泣いたところでどうにもならないわ」

「まずは……そうね、着替えないと」


 寝崩した寝巻き姿をメイド達に見せてしまった。

 これではただでさえ無い株が更に下がってしまう。

 フィリエは己の頬を両手で叩き立ち上がる。


「リィリィを怒らせちゃったから、髪は自分で整えないと……」



「──クスクス、今日もやってるわ」

「どうせ無駄なのにねぇ……」


 メイド達の視線と嘲笑が止まない中、屋敷の中庭で魔法の練習をするフィリエ。

 今更のことだ。

 彼女は気にすることなく魔法を放とうとする。


「……あっ、奥様だわ!」

「……ご、ごきげんようっ! お母様」


 廊下を通りがかった母親の姿にフィリエは思わず姿勢を正し、その後、思い出したようにカーテシーをする。


「……フィリエ、今日も魔法の練習をしているのですね」

「はい。いつかはワタクシもきっと……!」

「もうそれ、やめなさい。見苦しいですよ。アナタの面倒は見てあげるから、頼むから大人しくしていてはもらえませんか?」

「……え?」

「さあ、部屋に戻りなさい」

「……はい」


 フィリエの返事を聞く前に母親は早足で去っていく。


「……クスクス。あぁ、残念だなー。暇つぶしにはちょうどよかったのに」

「…………っ!」


 残ったフィリエに対する嘲笑が強まって。

 彼女はたまらず駆け出して自室に戻った。



「うぅ、うぅぅぅううぅううううううぅぅぅ〜〜っ!!」


 悔しさのあまり毛布を被って泣きじゃくるフィリエ。

 そんな彼女を慰める者は、誰も──


「タートリス様とトレンタ様がお帰りになられたわっ!!」

「お迎えに行かないと〜っ!!」


 メイド達の声にピクリと肩を震わせるフィリエ。

 そして彼女は涙を拭って立ち上がる。


「……お迎え、いかないと」


 扉の前が静かになったのを見計らって、フィリエは扉を開け、エントランスへと向かう。

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