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とある催眠術師の一生 1

「──わっ! 開かないッ! 本当に開きませんッ!」


 大勢の人間が囲む中、一人の少女が握った両の手を周囲に見せ、驚愕の声を挙げる。

 人々を囲う複数台のカメラ。今はテレビ番組の撮影中であった。

 狙いである人気絶頂のアイドルタレントの表情をたっぷりと収めているカメラと、そしてもう一台は彼女と向き合う女を捉えるカメラがあった。

 女の格好は、一言でいうと『派手』だった。

 和の着物にリボンやフリルなどのアレンジがついたモノに真珠や宝石などの煌びやかな装飾が至る所に施されていて。

 少し上を見て顔に注目してみれば、ツンとした目鼻立ちが特徴的なナチュラルメイクの美しい顔がそこにある。


「まーたまたぁ、ただ拳を握っとるだけやろ? ちょっとおばはんに貸してみぃ? ……あ、アカン! ホンマに開かんわッ! 二重の意味でなっ!」


 司会のコメンテーターの女性が少女に近寄り、手を開こうとするも、開かない。


「……では、これから手を開けるようにします。私の目をよく見てください」


 そんな様子を真顔で眺めていた女は、周囲にハッキリと響くやや低音の声で、少女の手を取りながら言う。


「…………」

「よろしい。では、いきます……3、2、1、オープン!」

「わっ! 開いた!!」

「おぉ〜〜〜ッ!!」


 周囲から割れんばかりの拍手の音が響く。


「これが……催眠術です。御来場の皆さんに実際に催眠術をかけるイベントを三月二十六日にTOKYOイベントスペースにて行いますので、テレビをご覧の皆さんもぜひお越しください」


 ほんの少し声色を高めた女が告知をし、礼をする。


「……はい、カット〜〜ッ! 皆さん休憩どうぞ〜ッ! ユリさんはお疲れ様でした〜!」


 スタッフの一人の声で、周囲の人々から緊張が解ける。


「……ユリさんユリさん! ありがとうございました!」

「こちらこそ」

「アタシ、今まで番組で何度か催眠術にかかる企画をしたことがあるんですけど、ユリさんは本物でしたッ! 本当にどうやっても手が開かなくて……ビックリしました!」

「……まあ、テレビを見ている人からすれば、ヤラセだと思われるかもしれませんけどね」

「アタシはソレが許せないですッ! イベントに沢山の人が来て、『ユリさんの催眠術は本物なんだ』って理解できる人たちが増えることを願っています!」

「ふふ、ありがとうございます!」


 ユリ、と呼ばれた女の手を握って熱量のある言葉を述べたアイドルタレントは深々と礼をして去っていく。

 しかし、正直なところ、ユリにとっては自分がヤラセの催眠術師と呼ばれようがどうでもよかった。

 そう、どうでもよいのだ。

 何故なら、ユリの脳内は恋人のことでいっぱいだったのだから。



「──千聖ちひろ、ただいま〜!」

「おかえり、優里ゆうり。ご飯出来てるよ」

「あ〜、ありがと〜! 千聖も忙しいのにごめんね〜?」

「いいっていいって。仕事が早く終わったほうが作るって約束でしょ?」

「や、でも、千聖、朝早いし……」

「だから気にしないでって。ご飯、冷めちゃうよ〜?」

「……そうね。いただきます!」


 催眠術師ユリこと佐藤さとう 優里ゆうりは、今を煌めく現役ヒーロー俳優、千堂せんどう 千聖ちひろと交際している。


「ん! このハンバーグ美味しい〜っ!」

「ふふ、それね、自信作。パン粉とか牛肉とか、奮発していいの買っちゃった。プチ贅沢ってやつだね」

「ふふっ、プチ贅沢かぁ。たまにはいいわね」


 食卓を囲んで二人は笑い合う。

 他者の前で役を演じる二人にとっての、ありのままで過ごせる、穏やかな時間だ。


「……そうそう、優里、今度の催眠術イベントの後、時間取れる? 久しぶりに夜景でも観に行かない?」

「あら、いいわね! 私のスケジュールは空いてるわよ」

「よかった、それじゃ、東京駅近くに車を停めて待ってる」

「ふふっ、楽しみ〜っ!」


 曇り一つない笑みを浮かべる優里とそれを見て微笑む千聖。

 まさに、幸せの一幕であろう。


「──ふぅ、ご馳走様でし……あら? こんな時間に誰かしら?」


 大満足の表情で手を合わせる優里。そこにスマホの着信音が鳴り響く。


「……あ、サプラさんからか。ハーイ?」

「ハーイユリ! 調子はどう?」

「悪くはないですよ」

「そう、それならよかったわ! 悪いって言われたら無理矢理にでもこっちに来させるつもりだった……って、こんな言い方したらアメリカに行くのが悪いことみたいになっちゃうわね! ハハハッ!」

「あのー、サプラさん、何回も言いますけど、私、アメリカに行くつもりはないですよ?」

「流石に心変わりはないか……アンタとなら最強のタッグが組めると思ってるんだけどねぇ」

「サプラさんほどの催眠術師にそう言ってもらえるのは嬉しいですけど……私、日本でも名が売れてきたので、まだまだこっちで頑張るつもりです」

「ハハッ、そうかい。まあ、元気そうなら何よりさ! 知り合いが落ち込んでるなんて我慢ならないからねぇ! ……っと! 長電話になっちゃ良くない! 切るねっ!」

「あ、はい、サプラさんもお元気で」


 通話が終了し、優里はふぅと息を吐く。


「なに? またミスサップから?」

「そうそう。悪い人じゃないんだけど、海外に来いって勧誘が多くて」


 サプラ・ヒプノライザー。またの名をミスサップ。元プロレスラーにして現凄腕催眠術師だ。

 来日中、まだ未熟なユリに催眠術のアドバイスをしており、その際に、彼女に一目置いたらしい。

 そのこと自体は優里にとってありがたい話であったが、行く気がない海外の誘いを何度もされると、流石にうんざりするという気持ちが湧かなくもなかった。


「優里は海外、興味ないの?」

「んー、千聖が海外進出するってなったら考える」

「はは……そこまで合わせなくてもいいんだよ」

「私が千聖と一緒にいたいの〜!」

「……照れちゃうなぁ」

「ふふっ、照れさせてんの〜」


 照れ笑いを浮かべながら食器を運ぶ千聖と、その後を追う優里。

 和気藹々と二人で皿を洗うのだった。

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