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自立する勇気


「今夜はここまでに、しましょう!」


 消灯後の俺と橘さんの秘密の勉強会は、いつものように彼女の宣言で終了となった。

そして今夜も彼女は、俺のためにと用意してくれている、夜食を取り出す。

今夜は、おにぎりを作ってくれたらしい。


「あ、あの橘さん! ちょっと、お話が!」


 おにぎりには手をつけず、意を決してそう声を上げる。

すると橘さんは驚いた様子を見せた。


「な、なんですか……?」


「今まで面倒を見てくれて本当にありがとう!」


「あ……い、いえ! でも、なんで急に……?」


 とても不安そうな橘さんの表情が胸に突き刺さる

 きっと橘さんは俺の雰囲気から、何かを感じとっているのだろう。

だけど、俺は伝えなければならない。


「……こういうのは今日限りで終わりにしないか?」


「こういうのって……?」


「だから、その……こういうこと全部」


 想定以上の驚きと、悲しそうな表情を見て、胸が痛みに見舞われた。

でも、俺はそれを堪えて言葉を続けてゆく。


「これ以上、橘さんには悪いな、と考えたんだ」


「もしかして、ずっと迷惑……でしたか?」


「迷惑なんて一ミリも思ってないよ。現に今も凄く助かっているし、感謝している。座学で林原軍曹が何を話しているのか、分かるようになったのも、こうして橘さんが毎晩俺の勉強に付き合ってくれたおかげだと思ってる」


「だったら! 今のままでも……!」


 きっと、俺が前言撤回をすれば、橘さんは喜んで、これからもこうして夜な夜な俺の部屋へ来てくれることだろう。

それは嬉しくて、とてもありがたいのは確かだ。

でもいつまでも、そんな橘さんの優しさに甘えてばかりではいけない。

これは、橘さんの今後を考えた上での決断でもあるからだ。


「感謝しているからこそ……もう君には危険を犯して消灯後に出歩いたり、食堂から食料をくすねるような真似をしてほしくないんだ」


「……」


「この間の人工呼吸の時みたく、俺のせいで、君に迷惑がかかるのは嫌なんだ。俺自身も、自分の足で立って、歩きたいって思うんだ!   だから、わかってくれ。この通りだ!」


 俺は橘さんへ向けて深々と頭を下げる。

己の欲望に準じるならば、この深夜の二人きりの時を失うのは、惜しいし寂しい。

 でもそれはあくまで俺個人の感情の問題だ。

橘さんの立場や、将来を全く考慮に入れてない、俺のわがまま。

そんな俺のわがままに、これ以上彼女を付き合わせられない。


「……わかりました」


 橘さんは先ほどとは打って変わって、取り乱した様子もなく、落ち着いた様子でそう返してくる。


「ありがとう! わかってくれて!」


「今後は勉強を教えたり、夜食を持ってくることは慎むことにします。その代わりに……」


 橘さんは言葉を切って、一本に結っている亜麻色の髪の先を、指でクルクル回し始める。

最近、気がついたことなのだが、橘さんは何かに躊躇ったり、迷ったりしたとき、よくこの動作をしているように思う。


「代わりに、何?」


「ゆ、友人として、時々で、良いんで、遊びに来るのは許して、もらえませんか……?」


 すがるような橘さんの視線が胸を締め付ける。

まぁ、一応"時々"と本人が言っていることだし……


「わかった。じゃあ、時々だったら……」


「ありがとうございますっ! もう心配かけなよう、努力しますっ!」


 これで俺も無事自立でき、橘さんにも迷惑が掛からなくなるだろう。

二人きりの時間が減るのは惜しいが、仕方ないと割り切り、俺たちは最後の夜を楽しむのだった。


⚫︎⚫︎⚫︎


ーーさて、今日から夜中の橘さんとの勉強会は無くなるはず。

だから余計に勉強をせにゃならん。

と、いうわけで、自習室で、勉強を開始する。


今夜は、本日の課業で習ったMOAの要である"人工筋肉・フリージア"について復習するとしよう。


(えっと……MOAは突然、八丈島に現れた一号巨人とかいう"巨大人型兵器"の技術が使われてるんだよな)


 一号巨人にはまるで人間の筋肉に相当する部品が使われていた。

研究の結果、この筋肉のような部品は脳波によって伸縮自在が可能であると判明した。

そこで日米は、この筋肉のような部品の一部を摘出し、培養し、MOAに組み込んだものこそ"フリージア"である。


 調子が出てきたので、どんどん今日の座学の内容をまとめてゆく。


そんな中、ちらっと、亜麻色の何かが見えたので、


「こんばんは橘さん」


「ひうっ!? こ、こんばんはっ!」


 いつの間にか、俺の隣には端末を抱えた橘さんの姿があった。


「橘さんも自習?」


「あ、えっと……は、はいっ!」


「そっか。んじゃ、お互い頑張ろうぜ」


そう告げ、俺はノートのまとめに意識を戻す。

しかししばらく経っても、なぜか強い視線を感じた。

どうやら、橘さんは端末をいじりつつ、チラチラとこちらのことを見ているらしい。


(もしかして橘さん、夜中の勉強会が終わりにしてしまったから俺を追いかけて……?)


 本当にそうかどうか、確かめたくなった。

ちょうど、誰かに質問したい頃合いでもあった。


「橘さん」


「は、はい! なんですか!? どこかわからないんですか!?」


 橘さんはハキハキとそう答える。

どうやらビンゴだったらしい。

それだけ彼女が俺に懐いてくれているのは、正直嬉しいものである。


「ここなんだけど……」


「そこは、ですね!」


 やっぱりこうして橘さんと肩を並べて勉強できるのは嬉しい。

しかも今は認められている自由時間なのだ。

ここの時間には何のリスクも存在しない。


(最初からこうしておけば良かったなぁ……)


 やっぱりやる気って重要なんだなと、改めて思う。

そして早く、みんなに追いつきたいと強く願うのだった。


ーーそうして瞬く間に二週間の時が流れてゆき……


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