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変わったことでの結果


「良いか貴様ら! 己を鍛え成長すれば、どんな相手とでも堂々と渡り合えるようになる! だから気を抜くなぁー! 気合いを入れろぉー!」


相変わらず林原軍曹は、トラックを延々を走り続けている俺たちへ、そんな言葉を叫んで発破をかけていた。


(確かに軍曹殿のおっしゃる通りだ……!)


 実際、座学に追いつけるようになってから、ここでの生活が段々と楽しいような、堂々と振る舞えるようになったような気がする。

しかしそれはあくまで、座学の分野だけであって……


「はぁ……はぁ……はああぁぁ……!」


 自由時間のランニングのおかげで、致命的な周回遅れにこそならなくはなった。

だけど俺は相変わらずビリっけつを走り、女子訓練兵にさえどんどん追い抜かれてしまう始末。


「くそっ……負けるか……くっそっ……!」


 情けない自分に何度も憤りつつ、必死につま先を蹴り出し続ける。

しかし直前を走る佐々木訓練兵の背中さえ、とても遠くにある状況だった。

これが運動においての今の俺の真実だった。


「ーーっ!」


 そんな俺のように気がついたのか、遥か先頭を走っていた橘さんがペースを落とし始める。

どうやらいつものように俺へ寄り添うつもりでいるらしい。

それは正直なところありがたいのだが……


(なんだか、いつも申し訳ないな……)


と、そんなことを考えている中、橘さんではない別の大きな影が俺へ寄り添ってくる。


「頑張れ! あと少しだ!」


気がつくと、蒼太が隣にいて、さらに激励の言葉をかけてくれていた。


「はぁ! はぁっ……!」


 激励に対して本来は言葉でお礼を伝えたい。

だけど走り続けるのが精一杯で、言葉を出す余裕はない。

だから言葉の代わりに、できる限り大きく頷いてみせる。


「いい根性だ! さぁ、あと三周! 頑張ろうぜ!」


 再び頂いた激励の言葉に、俺は心を燃えがらせ、力を振り絞り、トラックの周回を重ねてゆく。

 そんな俺たちの様子を見てか、橘さんは優しい笑みを浮かべて、走るペースを元に戻す。


そしてなんとか俺は、皆に迷惑をかけない程度の時間に、周回を終えるのだった


「はぁ、はぁ……あ、ありがとう! はぁ……一緒に、走ってくれて……!」


 周回を終えてすぐにグラウンドに倒れ込んだ俺は、それでも蒼太へお礼を言った。


「良いってことよ。おめぇは、数少ない男子の同期だからよ」


 お礼を言われた蒼太は、倒れている俺へかがみ込みぶっきらぼうにそう返してくる。


 蒼太のいう通り、この256訓練隊に所属する男子は俺と蒼太の二人きりだった。

おそらく、徴兵令のあるこの世界では、俺たちと同い年の男子は皆、戦場へ出ているものだと思われる。

そのことに気がついてから、この平穏な塀の中で、甘ったれたことばかり考えていた自分が嫌になった。

だから、俺は変わろうと思ったところもある。


「にしても、お前なんか急に変わったな?」


「そ、そうか?」


意図せず蒼太からこちらの胸のうちを見透かしたような言葉が出て、驚いてしまった。


「おう! なんか最初に出会った頃と目が違う気がすんだ」


「さすがに、いつまでも迷惑はかけられないと思って……!」


 正直な言葉を口にする。

すると、蒼太はニカッと笑みを浮かべ、


「良い心意気だ! 気に入ったぜ! 俺で良かったら今日みたいに協力するぜ!」


「あ、ありがとう……か、貝塚さん……?」


「バッカ! 俺らはもうダチなんだから、"蒼太"で良いって! 代わりにおめぇは……じゃあ"シュウ"で!」


「わ、わかった……じゃあ……蒼太、これからも、よ、よろしく!」


「おう! よろしくされるぜ、シュウ! んじゃ、立たせるぜ」


 俺は蒼太に肩を借り、起き上がる。

俺は未だ、誰かにこうして肩を貸してもらわなければ立ち上がることさえできない。

だけど、近い将来きっと、一人の足でこの場に立って見せる。

そう誓いを立てる。


「あのさぁー! 男子同士で何いつまでイチャイチャしてるの? 急いで次行かないと、同じ隊のウチとめぐみんも罰受けちゃうんですけどー」


と、不満を口にしつつ、鮫島さんが蒼太とは反対の肩を持ってくれた。

しかし、先日の俺に対する鮫島さんと橘さんのやり取りをみているため、隣の彼女に対して少々居心地の悪さを覚えてしまう。


「ご、ごめん、鮫島さん……迷惑かけて……」


「別にいいよ。それに、最初の頃のウチも、今のアンタみたいだったし……」


 言葉は厳しい。

だけど、声の端々に、今までは感じられなかった"優しさ"のようなものが含まれているように思えて仕方がない。


「だよなぁ! 前期の頃の七海って、座学も体力鍛錬もダメダメだったもんなぁ!」


「その頃の話はやめてよ、もぉ……」


 みんな頼もしく見えても、どうやら皆は最初の頃こそ、今の俺と同じ感覚を抱いていた。

そんな思い出話は、ずっと遠くにいるように見えたこの二人が、本当な身近で、俺とは変わらない人たちなのだと思わせる。


「ありがとう、鮫島さん、蒼太……もう大丈夫だから。一人で歩けるから……!」


「全然足動いてない人が何言っちゃってんの? いいから私と蒼ちゃんに大人しく運ばれてなさい。軍曹殿からも、アンタを医務室へ運ぶよう言われてるしね」


「ごめん……」


「だからいちいち良いって! まったく"たばっち"は辛気臭いなぁ、もう!」


「た、たばっち……?」


 思わず口にされた愛称のようなものを聞き返す。

すると、鮫島さんは突然、顔をカッと真っ赤に染めた。


「そ、蒼ちゃんがシュウっていうなら、私もなんか! と思って! だってウチら、同じ小隊だし、いつまでも"アンタ"とかじゃ失礼かと思って……」


「だからっていきなり"たばっち"は馴れ馴れしいよな。なぁ、シュウ?」


「蒼ちゃんうるさい! ほら、たばっち、少し足が動くなら自分でも動いてよ! 一応、ウチ、女子なんだよ!?」


「ありがとう、二人とも……俺、これからも頑張るよ……!」


 沸き起こった嬉し涙を堪えつつ、そう言う。

すると俺の両肩を持つ、蒼太と鮫島さんは暖かい笑みを返してきてくれる。


 そしてそんな俺たち様子を、橘さんは少し離れたところで、微笑ましそうに見つめているのだった。


ーー変わると決意をし、そして行動し、本当に良かったと思う瞬間だった。


そして色々と自信がつき始めた俺は、いよいよ今夜、橘さんへずっと秘めていた気持ちを言葉にしようと心に決めたのだった。

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