自分を変えるための第一歩
「ーーっ!!」
起床ラッパの音が鳴り、ベッドから飛び起きる。
未だに眠くて、体がだるい。
だけど、気持ちを前に向かせると決めた以上、甘えるわけには行かない。
俺はなんとか着替えを済ませ、廊下を駆け抜け、夜明け前のグラウンドへ集合する。
そして朝の点呼が始まった。
「256隊、総員30名、現在員30名! 番号っ!」
凛々しい橘さんから256隊の面々が次々と番号を口にしてゆく。
そしていよいよ俺の番となり、
「じゅ、じゅうななっ!!」
できるだけ大きな声を出してみた。
すると一瞬、橘さんの肩が、ピクンと震えた気がした。
ーー俺はずっと、朝からこうして大声を出すのが苦手だった。
でも、もう2度と橘さんへ迷惑をかけないよう、俺は変わると決めたのだ。
だからこの程度のことで、恥ずかしいとか、だるいとかなんて言っていられない!
しかしいくら心を入れ替えたって、足が急に早くなったり、筋肉がすぐついたりするわけがない。
そこで、俺は課業外の自由時間の一部で、ランニングをすることにした。
そしてその初日、グラウンドにて、屈伸運動をしている小柄な影を認める。
「や、やぁ! 橘さん!」
「ひぅっ!? た、田端さん!?」
橘さんは、心底驚いた様子を見せていた。
「田端さんも、ランニング、を……?」
「ああ! 頑張ろうと思って! 橘さんも?」
「あ、えっと、はい……最近、体力が落ちて来てるなと思って……そ、それにしても、すごい、偶然です、ね!」
橘さんは喜んで? くれているのだろうか。
いつもよりも笑顔が眩しいように感じる。
(この橘さんの素敵な笑顔を守るためにも頑張らなきゃ! もう彼女に迷惑はかけられない!)
そう俺は新たに決意を結び、"生まれてから初めて"の自主トレーニングを開始する。
「はぁ……はぁ……はあああっ……!」
意気込みは良かった。
だけど、400メートルトラックを1周と少ししただけで、俺は息を荒げてしまっていた。
脇腹も痛く、意識が呆然としてしてしまっている。
「た、田端さん! 大丈夫、ですか!?」
と、俺よりも既に2周多く走っている橘さんは、額に薄らと汗を浮かべつつも、余裕の表情でこちらへ心配を投げかけてくる。
ーー情けないと思った。自主練をすると意気込んだにも関わらず、結局こうして橘さんに、また迷惑をかけてしまっている。
それが嫌で、恥ずかしくて、なにより悔しかった。
これではいつも優しく接してくれる橘さんに申し訳が立たないと強く思う。
「だ、大丈夫っ……! これしき……ぬおぉぉぉぉ!!」
力を振り絞って、グラウンドの土を思い切り蹴って、再び走り出す。
「ひぎゃ!?」
「田端さん!?」
しかし勢い余って、すってんころりん転げてしまった。
「ああ、くそっ……ちくしょう……! なんで俺は……どうして、俺は……!」
地面へ転ぶと、元の世界で山碕というクソ野郎から虐めを受けていた時の悔しい気持ちが蘇って来た。
そしてこうして地面へ這いつくばることしかできない自分自身に強い憤りを感じる。
そんな情けない俺へ、夕陽を背負った橘さんが、手を差し伸べてくれる。
「橘さん……?」
「た、田端さん、ならできます! だから、行きましょう! がんばり、ましょう!」
俺は鼻血をゴシゴシと拭い、女神のように後光を背負う彼女を見上げる
今の俺は橘さんに助けられることしかできない情けない奴だ。
だけど、いずれ変わる。変わって見せる。
「ありがとう! 頑張る!」
俺は橘さんの差し伸べてくれた手をとり、再び立ち上がる。
ーーそれから俺は、基地内生活の全てを改めることにした。
自由時間はできる限り、ランニング、筋トレ、そして自習に使うようにした。
そしてその成果が徐々に現れ始める。
「もしこのようなジュライの存在が確認された際の最優先目標は……田端!」
「は、はい! 最優先目標はジュライの果実であります! 果実はペストの苗床であるため、果実の除去は戦域拡大を防ぐためにも、最優先すべき目標です! なお、落果後は速やかに"焼却掃討"に連絡を行い、果実へ滅却処置を施し、ペストの発生を食い止めます!」
「よし!」
この世界の課業で初めて、林原軍曹から"よし!"の言葉をいただけた瞬間だった。
とはいえ、他の皆のように暗唱できたわけではない。
あくまで教本と自分でまとめたノートを交互に見比べ、導き出した答えだ。
それでもこれは俺にとって確かな一歩となったのは間違いない。
そして俺自身が変わったことによって、周いの俺への見方もだんだんと変化し始める。