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橘訓練兵の見る不思議な夢(後半、恵視点)

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 俺に体を密着させた橘さんは、シーツの中で呼吸を荒げている。

 おっかなびっくりな様子で、俺の胸や腹、太ももなんかをしきりに摩っている。


「……ちょっと、柔らかい……?」


 なにがごにょごにょ言いながら、橘さんはより深く、身体を絡み付けてくる。

そろそろ良い加減、なんとかしないと、本当におかしなことになりかねない!


「ス、ストップ!」


 シーツをガバッと剥ぐ。


「ひうぅっ!?」


 照明に照らし出された橘さんは怯んだ様子をみせた。

そしてすぐさま、正気? に戻ったのか、


「あ、あああ! ご、ごめんなさいっ!!!」


 慌てて俺から離れ、起き上がるのだった。


「本当にごめんなさい! 私、なんてこと……!」


「きゅ、急にどうしちゃったのさ……?」


「あ、それは、えっと……田端さんの、身体が気になって……」


「か、身体ぁっ!?」


「あ、ああっ! ご、ごご、ごめんなさいっ! い、いまのは忘れてくださいぃっ!」


 顔を真っ赤に染めた橘さんは俺を跨いでベッドから降りる。

そしして大きく腰を折って、最敬礼をして見せた。


「急に変なことしてごめんなさい! あと助けてくれてありがとうございました! おにぎり、どうぞお召し上がり、くださいっ! それではっ!」


 そう一方的に捲し立てて、橘さんは部屋から出てゆく。


「なんだったんだ……?」


 なにもかもわけがわからない。

でも、かなりの役得だったのは確かだ。


 あんなことがあって、素直に寝られるわけがなく……基地生活初日から、その余韻に浸ってしまったのはいうまでもない。


⚫︎⚫︎⚫︎



『めぐ』


 彼が優しい声で、自分のことを呼んでくれた。


『うんっ、いいよ……』


 彼女は彼に答えて、そっと目を閉じる。

次いで感じたのは唇への柔らかい感触と、心地よさ。

胸の内が温かい幸福に包まれた瞬間だった。


『しゅうちゃん、大好きっ! ずっと、ずっと、ずっと、一緒にいようね! 約束だよ!』


 彼女は"しゅうちゃん"へ心からの願いを伝える。


ーーしかし、橘 恵訓練兵が、幼い頃から度々見ている夢はこの限りにあらず。


時に、彼女としゅうちゃんは、温かい家庭で、美味しそうな食事をとっていた。


時に、彼女としゅうちゃんは訓練校ではない、学校のようなところで笑い合っていた。


そして時に……彼女としゅうちゃんは、お互いに生まれたままの姿となって、深いつながりを求め合っていた。


それら全ては睡眠中に見る夢だった。

この戦いばかりで、血生臭く、最悪なこの世界とは違う、もっと平和で、幸せな世界の夢であった。



 そしてそんな夢を幼い頃からずっと見続けていた橘 恵訓練兵は、いつしか、夢に出てくる"しゅうちゃん"という男の子に、恋心を抱くようになっていた。


⚫︎⚫︎⚫︎


「はぁ……私、なにやってんだろ……」


 自室へ戻り、恵は後悔のため息をつく。

 田端 宗兵という男の子が現れてから、恵は心がものすごく掻き乱されている。


(あの人って、本当に"しゅうちゃん"なのかな……?)


 夢で見るしゅうちゃんは、もっと逞しい印象だった。

筋肉ももっとついていたはず。

 対して、今目の前にいる彼は、どことなく弱々しく、筋肉もあまりなく、ぷにぷにしている。

 だけど声や、こちらへ寄せてくれる優しげな視線は、恋焦がれていた夢の中の彼そのもの。


(だけど、だからといって、ペタペタ触るのは良くなかったかなぁ……)


 己の先ほどの行いに恵は深いため息を吐く。

すると、そんな中、いつも通り恋人の貝塚蒼太との逢瀬を終えたルームメイトの七海が、ひっそり部屋へ戻ってくる。


「たっだいまぁ、めぐみん!」


「あ、おかえり」


 相変わらずこうして戻ってきたばかりの七海はとても艶やかだった。

どうやら、今夜も存分にお楽しみをしてきたらしい。

本当は基地内でそういうことをしたりするのは明らかに規則違反なのだが……いつ、別れが訪れるかわからないのが、今の世の中。

それに恵にとって七海は無二の親友で、できればずっと幸せでいてほしい。

だからこそ、恵は七海と蒼太の逢瀬を黙認しているのである。


「どしたの? なんか元気ないけど?」


「あ、えっと……ちょっと、悩み事があって……」


「なになに!? 私でよかったら聞いちゃうよ! ほらほら!」


 正直、田端 宗兵という男の子に興味はあった。

しかし、父親以外の男性と、ほとんど親しくしてこなった恵は、彼にどう接して良いのかわからない。


 だけど、今目の前にいる七海は、蒼太と長い間付き合ていて、色々知っているだろう大先生で大親友。

彼女を頼らずして、誰を頼るか!


「あ、あのね……お、男の子と、仲良くなるのって、どうすれば良いのかな……?」


「ふふん、それ。あの不審者だった彼のことでしょ?」


「ひぅっ!? な、なんで、わかったの!?」


「もう、どう見たってバレバレだってぇ。めぐみん、田端? だっけ? 彼の前にいる時、ものすごーく乙女な顔になってるもん!」


「ああ、うう……恥ずかしいぃ……」


「まずはどこに惚れたのか聞かせたまえ!」


 どうやら、七海のこの尋問に耐えなければ、色々と教えを乞うのは難しそうだった。


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