何故か俺の個室へやってくる橘訓練兵
『初日はどうだった? やって行けそう?』
映像チャットの中の白石さんが、そう質問を投げかけてくる。
背景から察するに、白石さんは任務中なのか、MOAの中から、わざわざ通信を送ってきてくれているようだ。
「ええ、まぁ、色々すったもんだはありましたけどね」
『あら、初日から快調じゃない。ふふ……』
「でも、その……ちょっとやり過ぎなような……」
『やりすぎ? 何をよ?』
「俺の設定もですし、この個室も……」
俺は現在、自身の個室で、更に専用の端末まで与えられて、白石さんとこうして交信を行なっている。
元の世界ではこうした風景は普通のことだ。でも、この世界では、決して特別とは言い難い。
だいたい、新人とか、士官候補でも相部屋が基本だろうにと思う。
『大丈夫よ。それに、これこそ私たちがいた世界と、こっちの世界の違いの一つね』
「違い、ですか?」
『はぁ……ちゃんと資料を読んでよ、全く……』
「すみません……」
『この世界の日本は、元の世界以上に米国との繋がりが強いのよ。美咲基地は特にね。あっちさんは自由の国なもんで、設置に際し個人スペースに関してすったもんだがあったわけ。で、協議の結果士官とか、士官候補生である貴方には、そうして個室が与えられるようになったのよ。まぁ、全員が全員じゃないけど、そういう点であまり周囲の目を気にする必要はないわ』
確かにこうした個室でなければ、諜報員である白石さんとの定期連絡は難しい。
きっと、そういう判断もあり、俺は美咲基地のMOA養成所へ突っ込まれたのだろう。
『じゃあ、私は任務に戻るわね。代わりに、しっかり"元の世界へ戻るため"の調査をお願いよ!』
「ふーい」
慌ただしく白石さんとの交信は終了したのだった。
(元の世界に帰りたい白石さんには悪いけど……俺、別にこの世界でも良いんだけどなぁ……)
昼間は米兵にむちゃくちゃ褒められたし、それに……
(なんだか、橘さんの視線が気になるんだよな)
出会ってから今日まで、妙に彼女が俺に"懐いて"いるような気がしてならない。
何が原因なのかはさっぱりわらかない。
でもああいった、好意的な態度をとってもらえるのは、はっきりいって無茶苦茶嬉しい。
だから、俺はあまり"元の世界"へ帰ることに積極的では無かった。
(まぁ、それでも色々やってくれた白石さんには悪いし、気長に探していきますかなぁ……)
この世界にはスマホはおろか、ゲームなども存在しないので、夜やることはない。
白石さんからもらった"この世界の資料"読むくらいしかないが……今夜は、面倒臭いのでやめて置き、さっさと寝てしまおう……
(ん? 今、ドアをノックしたか……?)
注意深く、耳をそば立てる。
すごく小さくて、微かだが、誰かが扉を叩いているようだ。
なんだろうとと思って扉を開けてみると、
「ひぅぅぅっ!?」
「あ、あれ? 橘さん……?」
何故か扉の外には橘さんがいて、俺のことを見上げていた。
それにしても……
(やばいぞ、この格好は……色々と……!)
橘さんは小柄で幼い印象なのだが、出ているところはしっかり出ていて、くびれているところはきちんとくびれているといったまさに、悪魔的なボディの持ち主だ。
そんな彼女が上半身、黒いタンクトップ一枚といった出立ちで目の前にいる。
きっとその胸に目が行かない男子など、たとえ異世界だろうといないだろう。
「あ、あの、ど、どうかしましたか……?」
「あ、いや!」
慌てて胸から視線をはず俺へ、橘さんは首を傾げて見せた。
エロい視線に気づかれなくて本当に良かったと思う。
「そ、そっちこそ、急にどうしてここに?」
「あ、あの! 良かったら、これどうかなって思い、まして……」
橘さんは手にしていた包みを差し出してくる。
「これは?」
「お、おにぎり、ですっ! も、もしかしたら、ここの食事がお口に合わなかったんじゃないかって、思って……」
確かに食堂で食べた、合成肉とやらのハンバーグは激まずだった。
どうやらこの世界は、食糧事情がとても悪く、ほとんどが合成食品で賄われているらしい。
残すと怒られそうだったので無理をして全部食べたが、実のところ今でも胃の辺りがとても気持ち悪い。
「ちゃんとしたお米と、休みの日に食堂班長さんと、こっそり仕込んでいる南高梅の梅干し使って、ます! だから美味しいはず、ですっ!」
「そ、そうなんだ。それはありがとう。でも、なんで?」
「健康は食にあり、ですっ! いくら良くなったとはいえ、やっぱり、まだ食事は大事、ですっ!」
どうやら橘さんは俺の体調のことを気遣って、美味しいものを作ってくれたらしい。
なんだか、これがただの"設定"だというのが、物凄く申し訳なく思えてくる。
(とはいえ、あの橘さんが俺なんかのために作ってくれたんだ。受け取らないわけには……)
ふと、廊下の向こうから、足音のようなものが聞こえてきた。
「ひぅっ!?」
「ど、どうしたの急に?」
「この足音……林原軍曹、ですっ!」
「そうなんだ。でもなんでそんなに焦って?」
「しょ、消灯時間すぎてますっ! このままだと、田端さんと、私、厳罰、受けちゃいますっ!」
「ま、まじか!? なんでそんなリスク犯しちゃってんの!?」
「だ、だって! 梅干しを取り出すの、この時間でしか、できないです、からっ!」
どんどん足音が近づいてきている。
冷たいことを言えば、このまま扉を閉ざし、橘さんを締め出せば、俺自身は怒られずに済む。
だが、そんなことできるはずもない!
「ああもう、こっち来て!」
「ひうっ!?」
俺は橘さんの細い腕を取り、部屋へ引きづりこんだ。
そして勢い任せに小柄な彼女をベッドへ押し倒す。
「はわわ!? た、田端、さん!?」
「良いからもっと奥行って!」
橘さんをグイッとベッドの奥へ押し込んで、俺もまたベッドの上へ寝転がる。
そしてバサっとシーツを被せる。
もしも林原軍曹が、部屋を訪ねてきたら、寝ているといった体でやり過ごすつもりだ。
足音がどんどん近づいてきているのが聞こえ……やがて、足音は扉を過ぎり、遠ざかってゆく。
なんとかことなきを得られたらしい。
と、ほっと胸を撫で下ろしている時のこと……
「ひゃっ!?」
思わず、ベッドの上で情けない悲鳴をあげてしまう俺。
「はぁ……はぁ……」
なんか、橘さんが俺に体を密着させてるんですけど!?