やっぱり異世界は、どんな場所であっても最高っ!
「当、【美咲基地】はMOA搭乗者養成学校、国防軍東関東方面隊駐屯地を兼ねた施設となり、更に一部は在日米軍との共同仕様となっています」
養成所の廊下を並んで歩きつつ、橘さんがそう説明をしてくれた。
どおりで先ほどから道ゆく人々に白人系の人種が混ざっていて、時々英語が流れ聞こえてくるわけだ。
と、なると、窓の外にある発着場で待機をしている、少しマッチョな印象のMOAって……
「ねぇ、橘さん。あそこに見えるMOAって、もしかして米軍の?」
「はい、米軍の正式採用MOAエイブラムスです」
エイブラムスって、確か俺のいた世界じゃ、米軍の主力戦車だったと思い出す。
白石さんから頂いた資料の中で、日本のMOAが"10式"って記載されていたので、まさかとは思っていたけど……
(たぶん、"戦車"系統なんだろうな、MOAって)
ーーそれから橘さんは、基地に不慣れな俺を気遣ってか、懇切丁寧に色々を説明をして回ってくれた。
元の世界では、住まいがお隣さん同士という好条件にも関わらず、全く交流ができていなかった美少女な彼女がだ。
これだけで異世界転移をした甲斐があったというもの。
まぁ、この間の尋問は本当に最悪だったんだけど……。
「あ、あの、田端さん」
ふと、道すがらすごく神妙な雰囲気で橘さんが声をかけてくる。
「ひぃっ! な、なに?」
コミュ力が低いと自負している俺は、急に声をかけられて、情けない返しをしてしまう。
「差し支えなければ、なのですけど……今まで、貴方はどういう生活をしていたの、ですか……?」
どうやら基地を回る中で、ほとんど"この世界"のことを、何も知らない俺を不思議に思っているようだ。
でも、大丈夫! 俺には白石さんから、こういう時、語るよう言われている"設定"がある!
俺は白石さんが作ってくれた"設定"をうまく表現するべく、わざと苦笑いを浮かべた。
「実は俺……この間まで、すごい病気を患っててさ……」
「えっ……!?」
「その間、ずっと意識が無かったんだよ。だからさ、目覚めていきなり、世界がガラッと変わっちゃてて、今すごく戸惑っているっていうか……だから、橘さんに国民番号を問われた時も、なんのことだかさっぱりわからなかったんだ。あの制度って5年前からでしょ?」
「……」
「MOAを扱えたのはさ、俺の両親が開発の関係者でね。小さい頃から、親の脇でずっとMOAのことを見てたんだ。だからMOAは俺にとって、生活の一部っていうか、家族っていうか……」
とりあえず、それっぽい語り草で、白石さんに叩き込まれた、この世界での俺の"設定"を捲し立てた。
ちなみに"MOAが家族"というくだりは、好きなロボットアニメから引用させてもらった俺オリジナルの追加設定!
ちなみにどの方面から調べても、これが俺のこの世界でも公式記録で、身分保障にもなっているらしい。
恐ろしや、敏腕諜報員・白石 姫子特務中尉、である。
「あの……すみません、嫌なことを思い出させてしまって……本当にごめんなさい!」
橘さんは心底も申し訳なさなそうに、深く頭を下げてくる。
周囲は何事かと、こちらへ好機の視線を寄せてくる。
少々、"設定"に酔って、やりすぎてしまったらしい。
「あ、あ! だ、大丈夫だから! もう全然平気だし、そんな気にしなくても良いから!」
「今、体の具合は大丈夫なんですか!? 苦しいとか、気持ち悪いとかありませんか!? 」
何故かズズっと、俺のパーソナルスペースにまで入り込み、俺を心配げに見上げてくる橘さん。
ふわりと彼女のまとう花のような甘い匂いに、思わず心臓がどきりと跳ね上がる。
「顔、赤くなってます! 本当に大丈夫なんですか!?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
「ーーっ!? 脈が速くなってます! もしかして貴方のご病気って心臓の!?」
いつの間にか俺の腕をとって、脈を取りつつ、橘さんはむちゃくちゃ慌てている。
俺もまた、いきなり橘さんに腕を取られ、めちゃくちゃ動揺してしまっている。
「案内はこれで終わりにしましょう! 今すぐ、医務室へ!」
「あ、あ、いや、だから大丈夫ーー!」
「ダメ、ですっ! 貴方に何かあった、私……!」
「は?」
今、橘さんはなんて……?
と、思っている最中、俺と橘さんへ大きな黒い影が落ちてくる。
「ひぃっ!?」
思わず別の意味で心臓が跳ね上がった俺だった。
何故ならば、俺の目の前には、ハリウッド映画にでも出てきそうな、ゴリゴリマッチョな米軍兵士の3人組。
しかも凄く怖い表情で俺のことを見下ろしている。
(これはあれか……? 基地でうるさくしている新人をボコってヘイトを高めて、後で俺が無双したときに、「お、お前はあの時の! ちくしょう、こんな奴に助けられるだなんて!」とざまぁされる対象か!?)
「おい、お前か? 3日前の夜間戦闘で、雑草野郎を単機でぶっ倒したっていうルーキーは!?」
「は、はいっ! 日本語、お上手ですねっ!」
未来のざまぁ対象とはいえ、ここでぶん殴られるのは流石に嫌なので、とりあえず流暢な日本語を褒めておいた。
「ふぅん、こんなガキがねぇ……」
女性米兵もまた、流暢な日本語で、俺を品定めするような視線を向けてくる。
空気はますます緊張し、嫌な予感が沸々と湧き上がる。
「てめぇ……」
米兵が手を振り上げる。
「ひぃっ!」
思わず身を庇う情けない俺。
そんな俺へ米兵の丸太のような腕が振り落とされてくる。
「やるじゃねぇか、ルーキーのくせによ!」
「へ……?」
米兵はがっちり俺と肩を組み、濃厚な笑みを俺へ向けている。
「全く……こちとら転科訓練で散々苦労して、ようやくMOAのやろうを扱えるようになったてのによ! やっぱりこれが才能の差ってやつか? ははっ!」
もう一人の米兵も口は悪いが、俺のことを"褒めて"くれているらしい。
「あら? この子、全然筋肉ないじゃない! 赤ちゃんみたいで、ぷにぷにで可愛いわねぇ、うふふ!」
女性米兵は妖艶な手つきで俺の胸やら、腹やら、下半身の際どいところやらを指でさわさわなぞっている始末。
「また始まったなキャシーのチェリーボーイハント!」
「失礼ね! 人のことを痴女みたく言わないでくれる!?」
「まっ、俺もこのルーキーには興味あるけどな!」
俺を取り囲んで、米兵3人組は何やら好き放題言っていた。
(でも、悪い気はしない……!)
元の世界ではこんなに褒められたことはないし、むしろ"山碕"というクソ野郎からいじめを受けているくらいなのだ。
やっぱり異世界転移ってこうでなくちゃ! と思う俺だった。
「よぉし、ルーキー! 今日はとことん、お前に付き合ってやる! 代わりにお前のMOAのテクニックを洗いざらい吐き出してもらうぜ!」
「ま、待ってください! その人、病気なんです!」
明るい米兵たちに連れ去られそうになった俺へ、橘さんが焦った声をぶつけてきた。
「おおっと、これはこれは……誰かと思えば"デューク・橘"じゃないか」
「その呼び方はやめてください! それは過去の話です!」
米兵の侮った物言いに、橘さんは珍しく怒りを露わにしている。
デュークってたしか、公爵だっけ? じゃあ、こっちの橘さんって偉い人なのか?