俺のMOA起動!
見知っているはずの街が、巨大な蔓の大群に次々と蹂躙されてゆく。
それに対抗しているのは全長15メートルクラスの巨大ロボットだった。
なんとなく、戦車を思わせるそれはMOAと呼ばれているらしい。
(この世界は人類同士の戦争じゃなく、侵略者とロボットを用いて戦っている世界観なんだと……)
どうやら俺が異世界転移を果たしたのは、剣と魔法のファンタジーな世界線ではなく、元の世界に極めて近いが遠いSF風の世界線らしい。そうなると、俺がもらえるチート能力は、やっぱりパイロットスキルあたりだろうか?
……と、頭ではそんなことを考えているものの、
「はぁ……はぁ……!」
橘さんたちの背中は遥か道の彼方に。
しかもペースを全く落とさず、橋の上を走っている。
対して俺は、すでに息も絶え絶え。
ふくらはぎがとても痛く、橘さんたちにどんどん引き離されてしまっている。
そんな俺の様子に気づいた橘さんは進むのをやめると、こちらへ小走りで近づいてきた。
「大丈夫、ですか?」
「ごめん……はぁ……す、少し休ませてぇ……!」
「そんな時間は……」
「ほんの少しで良いからぁ……! はぁ……」
「仕方ない、ですね……」
橘さんはちょこんと俺の隣へ座り込む。
どうやら小休止に付き合ってくれるらしい。
「ほんと、ごめん」
「い、いえ……」
せっかく橘さんが近づいてきてくれているので"あのこと"を聞くには絶好の機会だと思った俺は口を開く。
「あのさ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「?」
「であったばかりの頃、俺のこと"しゅうちゃん"って呼んだのはなんで?」
「ーーっ! そ、それは、えっと……」
元の世界の橘さんはもとより、親や親友の蒼太にだって俺は"しゅうちゃん"などと呼ばれたことはなかった。
それに俺が彼女へ名乗ったのは、そう呼ばれた後のことというのもあり、とても不思議な感覚だった。
「めぐみん! 何してんの! 早くしないとヘリ来ちゃうよ!」
と、戻ってきた鮫島さんが呆れた様子でそう言い放つ。
「で、でもしゅうちゃ……あうぅっ……た、田端さん、もう走れないって言うから……」
「もしかしてその不審者って、めぐみんの知り合いなの?」
「あ、あ、えっと、それは……!」
また明らかに煮え切らない態度をする橘さんだった。
(もしかして、こっちの世界の橘さんは俺のことを知っている? そういうことだよな……?)
そんなことを考えている最中のこと。
道の向こうに複数のヘッドライトの輝きが浮かぶ。
巨大な軍用っぽいトラックの車列が道の向こうから現れる。
荷台にはどうやらMOAと呼ばれる巨大ロボットが積み込まれているらしい。
「お前ら! 何してるんだ! ヘリに乗り遅れるぞ!」
俺たちの傍へ一時停止をした先頭のトラックから、軍人のおじさんが言葉を投げかけてくる。
「ハッ! 申し訳ありません! すぐに移動を再開します!」
橘さんは先ほどとは打って変わり、キリッとした様子で立ち、敬礼をしつつ、そう答えた。
なんだかそんな姿の橘さんは、実に本物の軍人っぽくて、かっこいいと思ってしまう俺がいた。
だがそんなのんびりとした空気は、ほんの一瞬で瓦解してしまう。
「ぎゃぁあぁぁぁぁぁーーーー!!!」
突然、橋梁が隆起し、巨大な蔓がトラックを大きく打ち上げた。
打ち上げられたトラックと搭載されていたMOAは瓦礫と砂塵を巻き上げる。
「橘さん!」
「ーーっ!?」
俺は咄嗟に近くにいた橘さんを抱きすくめる。
瞬間、砂塵と風圧が橘さん抱きしめた俺を軽々と吹き飛ばす。
「うくっ……うう……な、なんだよ、これぇ……!」
軽く吹き飛ばされ、瓦礫に背中を思い切りぶつけた俺は、状況を呪うかのようのな言葉を吐く。
「だ、大丈夫、ですか!?」
対して腕の中の橘さんは無事な様子だった。
「あ、ああ、まぁ……」
「良かったぁ……ななみん! 貝塚くん! 無事、ですか!」
橘さんは俺の腕の中でそう叫ぶ。
「だ、大丈夫! 蒼ちゃんと一緒だよ!」
瓦礫の向こうから橘さんと鮫島さんの声が聞こえてくる。
どうやら、皆、無事らしい。
しかし……
「は、橋が……!」
俺の胸から離れた橘さんは愕然とした声を上げる。
打ち上げられたトラックとMOAのせいで、目の前の橋が寸断されてしまっていたのだ。更に寸断された橋の向こうから不安を煽るような、不自然な砂煙が上がっている。
「こんな時にペストまで、来るなんて……!」
橘さんは目の前であがっている砂塵を見つつ、そう呟く。
声色には明らかに絶望感が含まれていて、この状況が最悪だというのは、この世界の素人である俺でも分かった。
(待てよ……この状況って……?)
現在、俺たちには危機が迫っている。
そして目の前にはトラックの荷台からずれ落ちたMOAとかいうロボットが横たわっている。
どうやら起動準備でもしていたのか、胸部のハッチが解放されていて、計器類の灯りも確認できる。
(この状況はまさに! ロボットアニメ第1話のテンプレート! となると、異世界転移をして、主人公っぽいポジションにある俺は!!)
こうしちゃいられないと、俺は橘さんを離し、"ようこそ!"と言わんばかりにコクピットハッチを解放しているMOAへ駆け寄ってゆく。
「た、田端さん、どこへ!?」
「お、俺に任せてくれ!」
そう橘さんへ叫び、俺は颯爽とMOAとかいうロボットの操縦席に飛び込んだ。
「この操縦系統って……やっぱり!」
トリガーが付いた2本の操縦桿におれは強い既視感を覚えた。
周囲のモニターに表示されている数字類や、フォントに至るまで、非常に見覚えがある。
ーーかつて、俺の父さんが学生の頃、スガサターンという名ゲーム機専用のタイトルの中に、"電脳戦士バーチャリオン"という、当時の男子を熱狂させたロボットアクションゲームがあった。
これは2本の操縦桿を模した専用コントローラーもあり、今は絶滅危惧種である、ゲームセンターにも多数の筐体があったという。
俺は父さんの趣味に付き合わされて、幼い頃から"バーチャリオン"をやりこんでいた。
そしてこのMOAとかいうロボットの操縦系統は、まんま、そのバーチャリオンの専用コントローラーにそっくりだったのだ!
それに……
(なんだろ、この懐かしい感覚……?)
どの計器や数字が何を表しているのかが、なんとなく分かった。
まるで昔から、この操縦席を知っているかのような不思議な感覚だった。
(もしかしてこれが……俺のチート能力か! ロボットをいきなり動かせちゃうスキルとか!)
とりあえずそういうことにしておこうと心に決め、操縦桿を握りしめる。
「よぉし! 田端 宗兵! いきまぁーすっ! 」
気合いの声と共に、バーチャリオンの操作における、ダメージ時の起き上がりのコマンドを操縦桿で入力。
ハッチが閉まり、正面の鉄の壁へ、外の風景が投影され、風景が上昇してゆく。
どうやらMOAが起立を始めているらしい。
「た、田端さん! も、もしかして君、MOAを動かせるん、ですか!?」
スピーカーからめちゃくちゃ驚いた風の橘さんの声が聞こえて来た。
「ふふ……何を隠そう、そうなのだ! さぁ見ててくれ、橘さん! 俺の初陣を!」