早く目覚めてくれ、俺のチート能力
「しゅうちゃん、って……お、俺のこと……?」
いきなりあだ名らしいもので呼ばれ、困惑する俺。
すると、橘さんはハッとした表情を浮かべる。
「に、日本人なら姓名ならびに国民番号を提示、し、しなさいっ! 速やかに、ですっ!」
戦闘服をきて、銃を構えた橘さんは、すごく厳しい声でそう詰問をしてくる。
でもやっぱり、なんだか無理をしているみたいで可愛いとも思う。
「あ、えっと! た、田端 宗兵です! 国民番号ってのは、そのぉ……なんでしょう? マイナンバーなんて覚えてませんよ?」
「マイナンバー? なんですか、それは! ふざけないでくださいっ! は、早く、国民番号を言いなさい!」
どうやらこの異世界は、マイナンバー制度よりも厳しいID統制を受けてっぽいと思った。
「めぐみん! どうしたの!?」
と、橘さんの後ろから彼女と同じ格好をした男女が走ってくる。
この二人は、まさかーー!?
「ななみん……あうぅっ……さ、鮫島さん! 不審者を一名確保! 至急、本隊の指示を仰いで!」
「わ、分かった! こちら哨戒M班……」
間違いなく、今橘さんは指示を受けて通信機で通話を始めたのは、同じ学校の"鮫島 七海"さんだ。
そしてこの場に駆けつけて、橘さんと並んで俺へ銃口を突きつけている男子はーー
「とりあえず、どうする? ぶん殴って、動きを止めとくか?」
「い、いきなりそういうのはだめ、です! 貝塚くん! 本体からの指示を待って!」
鮫島さん、橘さんは俺みたいな隠キャとほとんど接点がなかったので、どう反応されても驚かない。
でも蒼太は高一の頃からとはいえ、無二の親友だって自覚がある。
(蒼太でさえ俺に気づかないってことは、やっぱりここは異世界だからか? となると、ここは異世界っていうよりも、並行世界? マルチバースで、世界線の一つ的な?)
だんだんと頭が混乱してきて、少々不安になってきた俺だった。
「……了解。軍曹殿、そこの不審者を連行してこいだってさ」
通信を終えた鮫島さんが、橘さんへ結果を報告する。
(ここは俺のチート能力が覚醒するまで、大人しく従っていたほうが良さそうだな……)
俺は橘さんと蒼太へ向けて両腕を突き出す。
すると二人へ瞬時に緊張が走り、二つの銃口がしっかり俺を狙い定める。
「い、いや、別に抵抗しないって! 拘束、どうぞってことで……」
「こ、拘束?」
「その方がみんなは安心でしょ? だから、ほら!」
再度、橘さんと蒼太へ両腕を突き出す。
「な、なんだコイツ……?」
蒼太は怪訝な眼差しを送ってきた。
まぁ、自分から拘束を申し出るなんて、変なやつだとは思う。
しかしこれも、俺的に伏線を張っているに他ならない。
なぜなら! こうしたピンチから一転! 陰キャな俺は突然チート能力が覚醒させ、皆を脅かせるような活躍をする! そういう展開がきっと待っている! だから今は耐え時なのだ!
。
「じゃ、じゃあ、拘束します、よ……?」
戦闘服姿の橘さんはおっかなびっくりな様子で、自在結束バンドを手に、俺へ近づいてくる。
それにしても……やっぱり橘さんは、美人で可愛い。
(もしかしてこれってこの世界での出会いフラグ的な奴か? 俺のメインヒロインは、もしかしてこの世界の橘さん!?)
だがそんな興奮や妄想は、突然鳴り響いてきたけたたましい警報によって突き崩される。
「け、警報!?」
まるで古い戦争映画から聞こえてきそうな不穏な警告音に、不安が一気に広がる。
「直下に感あり! に、逃げよう!」
何か端末らしきものへ視線を落としていた鮫島さんが叫ぶ。
「こっち!」
「あ、ちょっと!?」
俺は橘さんに腕を掴まれ、走り出す。
女の子とは思えない強い握力に戸惑いを覚えつつ、彼女に引っ張られるまま、ビルを飛び出した。
「全員伏せてっ!」
橘さんはそう叫び、俺は彼女に押し倒された。
意図せず、小柄なわりにしっかりと存在感のある、橘さんの胸がむにゅんと俺の押し当てられた。
本来なら、顔を真っ赤に染めて「た、た、橘さん!? 急になに!?」なーんて、有頂天になってしまうラブコメ展開である!
しかしーー
巻き起こる激しい砂嵐。
背後に聳えていた21メートルもあるビルが瓦解を始める。
そこへめり込んでいた巨大リアルロボットは"ソレ"の出現によってバラバラに砕かれてしまった。
「つ、蔓……? リアル巨大な蔓のムチ……?」
自分でも何をアホなことを言っているのだと思った。
しかしソレ以外の言葉が浮かばなかった。
だって、こんなビルを一瞬で瓦解させる、巨大な蔓なんてみたことも聞いたことも無いのだから。
しかも巨大な蔓は一本限りではなかった。
ビルの周囲から同じものが次々と生えては、瓦礫とかした街を、更に粉砕し始める。
巨大で、強力な暴力の前では、俺や橘さんたちは全くの無力で、ただ逃げ惑うばかり。
(早く覚醒しろよ……俺のチート能力! この際、エースパロットスキルじゃなくて、魔法とか異能力とかでも良いからさ!)
俺がそんなバカみたいなこと大真面目に願っている時のこと。
ビルの向こうから無数の弾丸が、巨大な蔓を撃ち抜き、引きちぎる。
そして闇夜の中へ、銀色とも白色とも取れる輝きが舞い降りる。
「このMOAは……白石 姫子特務中尉の白雪姫! 助かったぁ!」
俺たちを巨大な蔓から守るように立ち塞がった、白い巨大ロボットを見て、鮫島さんは嬉々とした声をあげる。
『今のうちよ! 退避しなさい! ポイントBAに迎えのヘリがくる手筈になっているわ! 急いで!』
白いMOAとか呼ばれるロボットから、少し厳しそうな女の人の声が聞こえてくる。
橘さんをはじめ皆は律儀に、敬礼をすると、すぐさま走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってくれよぉ!」
俺は情けない声を上げつつ、橘さんたちに続いた。