俺が異世界転移をした日
ーー元の世界のめぐと結ばれた日から、遡ること約3年。
まだ軟弱で、ガキだった俺は、異世界転移がしたいなどといった願いをいつも抱いていた。
正直、あのときの俺は 現実の本当の厳しさを知らない、夢見るお子さまだったのだと思う。
★★★
「はぁ……異世界へ行けたらなぁ……」
マンションの屋上へ逃げ込んだ俺は、コンクリートの上で夜空を見上げながら、最近よく思う願望を口にする。
数多の作品世界の中において、俺のような存在は、異世界へ転生・転移をすれば……チート能力をもらったりして、人生が大逆転するのがセオリーだ。
「俺にはその資格があるよな……だったら、頼むよ、神様……」
ーー俺はわりと強くそう願い、瞳を閉ざす。
すると一瞬、身体がふわりと浮いたような感覚を得る。
驚いて、目を開け飛び起きてみると……
「あれ……? なんで街がこんなにボロボロ……?」
街並みは確かに見知ったものだった。
しかし明かりは一切ついておらず、闇に飲まれてしまっている。
おまけに瓦礫だらけの酷い有り様だった。
(もしかして俺が眠っている間に何かとんでもないことが起こった……? それで目覚めないって、俺どういう神経してるんだよ!)
マンションの中もまた壁に無数の日々が浮かび、かなり埃ぽかった。
まるで廃墟のような有様だった。
当然、エレベーターも使えず、俺の部屋へ続く廊下は、崩れ落ちてしまったのか存在していなかった。
仕方なく、慎重に階段を下り、マンションの外へと出てゆく。
「な、なんだよ、これ……なにがあったんだ……?」
思わず心の声を口にしてしまうほど、街の惨状に唖然とした。
アスファルトは砕けて地面が剥き出しになり、家屋のほとんどは窓ガラスが割れ、ほとんど崩壊している。
人気も全くなく、俺の生まれ育った街は突然死んでしまっていた。
(さすがに駅前へ行けば誰かいるよな……?)
大きな不安とわずかな希望を胸にしつつ、俺は駅前へ進んでゆく。
そして駅前のランドーマークとなっているテレビ放送局のビルへめり込む"ソレ"をみてーー
「ろ、ロボット!? これ、巨大ロボットだよな……!?」
またまた驚きのあまり、心の声を叫んでしまう俺だった。
このビルは送受信用のアンテナを除くと21メートルほどだと、小学校の社会科見学の時に習った。
そんなビルへ、ほぼ激突する形で、ミリタリーグリーンをした巨大ロボットがめり込んでいる。
だからおおよそ、このロボットの身長は15メートルほどだと判断できた。
(一般的なリアルロボット系の身長だな……でも、こんな兵器あったけ? もしかしてアメリカとかが秘密裏に開発していた次世代兵器とか?)
突如崩壊した街。
初めて目にしたリアルロボットの存在は、俺のある予感を抱かせる。
(もしかしてここは異世界……!? 俺、異世界転移をしちゃった……?)
そう考えると突然体が震え出した。
胸の奥から沸々と何かが湧き出でて、
「おっしゃぁぁぁぁぁ!! 異世界、だぁぁぁぁぁーーーー!!」
誰もいないことをいいことに、声を張り上げる俺。
俺は自他ともに認める隠キャで、オタクだ。
しかも、山碕っていうクソ野郎から虐めを受けている。
そんな俺が異世界転移を果たしたのだ。
(やっぱり俺は異世界へ導かれる資格があったんだ! やったぜ!)
きっと俺はこれから何かしらのチート能力みたいなものに目覚めるんだろう。
ロボットがある世界だっていうと、俺はア◯ロ・レイのようなエースパイロットになるんだろうか?
(最近俺はス◯ッタちゃん推しだから……ロボットのパイロット養成学校で"あれ? 俺なんかしちゃいました?"系の無自覚無双をするのか? いいぞ! それもいい!)
そうと決まれば、俺の愛機になるであろう、このロボットをじっくり観察せねば。
そう思い、意気揚々とテレビ局のビルの中へ駆け込んでゆく。
(エースパイロットもだけど、指揮官スキルが覚醒するのもありだな……で、パイロットはみんな美少女で、俺のこと"指揮官!"なんて呼んでくれちゃって、いずれはその子たち全員と……!)
と、アニメビジュアルで未だ見ぬ美少女たちのことを夢想していると、不意に"元の世界"での、隣人の美少女の顔が浮かび上がる。
ーー学校でも有名な難攻不落の美少女:橘 恵さん。
ここへ来る前、彼女は俺になにかを言いかけていたような気がしてならなかった。
「こんなことになるなら、ちゃんと話しておけば良かったかな……」
異世界転移ができて嬉しい。
だけどそのことと、もう橘さんのような真の美少女に会えないことは、元の世界への心残りであった。
(まぁ、良いや……きっとこの世界には、俺のことを見た瞬間から"好き"言ってくれる、橘さん以上の美少女がいるだろうし!)
靴音と共に、含み笑いをしつつ、ロボットの胸部を覗けそうな5階フロアへ足を進めてゆく。
少々危険だけど、機体の側面を伝ってゆけば、開けっぱなしになっているリアルロボットのコクピットへ入り込めそうだ。
と、その時ーー
「ストフッ!」
やや甲高い声に乗って、鋭い言葉が背中へぶつけられた。
驚いた俺はその場で背筋を伸ばす。
それから背後に現れた何者かは、よくわからない明らかに英語ではない言語で、こちらへ厳しそうな言葉を吐き続けている。
なんとなく、ロシア語のように聞こえるような……?
「ノーノー! アイム、ジャパニーズ! アイム、ピースピーポー! ノーノーガン、ファイヤー!」
片言英語で、自分には害悪がないことを必死に叫んだ。
相手がロシアの人だったとしても、英語くらいはわかるはずだろう。
しかしその人物は警戒を解くことなく、身長に俺へ歩を進めてくる。
やがて窓から差し込む月明かりが、接近してくるその人物を照らし出す。
「へっ!? う、うそだろ……!?」
特徴的な長い亜麻色の髪を一本に結い、戦闘服に身を包んだ、小柄な彼女。
この子は、どこからどう見てもーー
「しゅう、ちゃん……!?」
軍人のコスプレ? をした橘 恵さんは、すごく驚いた様子で、更に妙な呼び方で俺を銃で指す。