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俺はめぐと初夜を迎える

「シュ、シュウ! あとは任せたぞ!」


「任された!」


 蒼太から最後のバトンを託された俺は、校庭に敷き詰められたタータンを力一杯踏み込んだ。

すぐさま三番手の走者を肉薄し、追い抜く。

途端、2年6組の皆は、一斉に湧き立ち、声援をあげる。


「しゅうちゃん、頑張って!!」


 そんな声援の数々の中からでも、俺は"めぐ"の声援を聞き分けた。

恋人からの真摯な声援は、当然のことながら俺へ更なる力をもたらした。


 再び歓声。

ずっと4位を維持していた我が2年6組は、アンカーの俺になって、2位にまで上り詰めている。

 1位を走る3組の男子生徒は陸上部のエース。その背中には焦りがうかがえる。

対して、俺はまだ余力が残っていた。


(これも過酷な異世界生活と、めぐが見ていてくれるおかげだな)


 最後のコーナーに差し掛かり、3組のランナーと並んだ。

相手は必死な形相で走り続けている。


(悪いな……いただくっ!)


 そう心の中で念じ、余力の全てをラストスパートへ注ぎ込む。

 相手の驚愕する表情を横目にしつつ、風となり、一気に駆け抜けーー



「「「「「わぁぁぁぁっぁーーーー!!!」」」」」


 ゴールテープを切った途端、2年6組の全員の歓声が破裂した。


 しかしあまりに全力を出したせいで、その場へ大の字で倒れ込んでしまった。

喉がカラカラで、いますぐ動き出すのは難しい。


「お疲れ様っ!」


 そういって真っ先に近づき、水を差し出してくれたのは、やはり"めぐ"だった。


「ありがとう」


「いえいえ。あのね……」


「ん?」


「か、かっこよかったよ! さすがしゅうちゃん、だね!」


 皆に褒められるのは当然嬉しい。

だけど、こうして最愛の人に、褒めてもらえるのが1番嬉しかった。


ーーこうして10月の一大イベントである体育祭は、我が2年6組が学年一位を獲得し、大団円を迎えるのであった。



●●●


「ただいま」


「お、お帰り!」


 体育祭の実行委員だった俺が学校で後片付けをして帰宅すると、鍵を預けておいためぐが台所から小走りでやってきて、出迎えてくれた。

すでにお風呂へ入ったのだろうか、亜麻色の髪はしっとりと濡れていて、シャンプーなどの清潔感のある匂いが漂っている。


「あ、あのね、お風呂沸かしておいたけど……ご飯、先にしたい……?」


「ありがとう。じゃあ、お風呂にするよ」


「良かったぁ……」


 何故かめぐはホッと胸を撫で下ろしていた。


「なにが良かったんだ?」


「あ、あ、ううん、なんでもないっ! は、早く、入っちゃって!」


 俺はめぐに背中を押され、浴室へ押し込められた。

そして脱衣所のカゴの中には、


(きちんと着替えと下着まで用意されている……)


 こうして着替えまで用意してくれているのはありがたい。

しかし下着類の場所まで把握されているのは、かなり恥ずかしいと感じた。


 風呂で身体を清め、部屋着に着替えて、浴室を出る。


「……?」


 不思議と部屋の中が静寂に包まれていた。

台所にも、リビングにもめぐの姿が見当たらない。


(帰ったのか?)


と、思っている最中、俺の部屋に続く扉がわずかに開いていることに気がついた。

恐る恐る、扉を開け、薄暗い自室へ歩を進めてゆく。


「めぐ……? 何をしているんだ……?」


 めぐは薄暗い俺の部屋でシーツにくるまって、ベッドの淵へ座り込んでいる。

一瞬、彼女が何をしているのか分からなかった。

だが、机の上に置かれていた、真新しいコンドームの箱を認め、心臓がはちきりんばかりの反応を示し始める。


 俺は大きな期待と、わずかな不安を胸に、めぐの隣へ座り込んだ。


「どうして急に?」


 つとめて優しく、隣のめぐへ問いかける。


「……今日のしゅうちゃん、すごくカッコよかった。だから、今日が良いなって……最後まで、しちゃうの……」


 シーツで身を隠しためぐは、消え入りそうな声で、そう教えてくれた。


ーー付き合い始めて、はや2ヶ月。

その間、俺とめぐはキスを超え、少しそうしたコミュニケーションをとるようになっていた。

すでに俺は元の世界のめぐの身体を、他の誰よりも知っているといった自負がある。

だが、未だ彼女の最奥を知らないのはひとえに"初めて"のめぐに配慮し、お互いにその時のタイミングを測っていたためである。


「わかった」


 勇気を持って今日だと決断してくれた、めぐの肩を抱き、グッと引き寄せる。


「ずっと、我慢させてごめんね?」


「いや、大丈夫だ。ところで食事は良いのか?」


「あ、うん、その方が良いって、ネットで見て……」


「ネットで?」


「お、お腹一杯だと、なかなかそういう気分になりづらいってあって……」


 そうしたことを調べるほど、めぐは今夜本気だとわかった。

そしてそれだけ俺を欲してくれていることが嬉しくてたまらない。


「ありがとう。そんなことまで調べさせてすまない……」


「ううん、好きで調べただけだから」


 何もかもが愛おしかった。そんな彼女とこれから身も心も繋がれると考えただけで、俺の頭はめぐのことでいっぱいになってしまった。


「めぐ……!」


「しゅうちゃん……! んんっ……」


 シーツをはぎ、すでに準備を整えてくれていためぐの唇を奪う。


 いつもよりも、激しく、情熱的に舌を絡め、唾液を交換し合う。

愛しい彼女のあらゆるところへ、自分のものである証を刻み込んでゆく。


 やがて俺たちは互いに呼吸を荒げながら、ベッドへ沈み込んでゆく。


ーーめぐという女の子とのセックス自体は初めてではなかった。

異世界の彼女とは、散々していたのだから。

だけど、これは俺にとって、本当の意味での初夜だった。

 


 不安を埋めたり、恐怖を忘れるために快楽に溺れるのではない。


 相手を思いやり、相手の存在を愛に基づいて感じ、快楽を得る。


 そんなずっと憧れていた行為に、俺も、そしてめぐも溺れてゆく。


 結局、全ての行為が終わったのは、夜遅く。

コンドームの箱が空っぽになった頃合いであった。


「しゅうちゃん……大好き……」


 今、俺の隣ではめぐが幸せそうな顔をして眠ってくれている。

 この笑顔をこれからも、ずっと守って行きたいと願っている。

だが、未だ俺は漠然とした恐怖を拭い去れずにいる。


ーー異世界の因果


 俺が異世界のことを思い出すことで、良いも悪いも含めて、現象を引き寄せてしまうといった迷惑極まりないもの。


 めぐと恋人同士になってからは、ほとんどその影響はない。

だが、またいつ、それが襲いかかってくるかわかったものではない。


(せっかくこうしてめぐと結ばれたんだ。より強固に、より確実にしないと……)


 そう思い立った俺は、久々に"秘密のノート"を机の引き出しの奥深くから掘り起こす。


 人は悩みに囚われたり、不安を感じた時、それを書き出すのが良いとのこと。

そうして外へ出してしまえば、心が軽くなる。

俺は山碕らから虐めを受けていた時、このノートにその時の悔しさや、悲しみを書き記すことで、心の平静を保っていた。


 そして俺は異世界の因果へも同じことを試みようと思ったのだ。


(あの世界のことをここへ全部吐き出すんだ。そうすれば忘れられるんだ、きっと……)


 俺は今の幸せを守るため、ペンを取る。


 記憶を3年前のあの日……異世界転移をした日まで戻してゆく。


 あの世界の記憶をここへ書き記し、そして捨てさるために……。

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― 新着の感想 ―
[一言] とても好きな作品 ここで終わっても良かったかも 異世界の話は辛い内容になるので 別にするとか
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