地獄だった異世界生活の末期
「め、めぐっ! 逃げろぉー!!」
「しゅうちゃんっ! だめっ! いやぁぁぁぁーーーーっ!!」
ある日、小樽で平穏に暮らしていた俺とめぐのところへ、日本軍のMP(軍警察)が乗り込んできた。
敵前逃亡の罪で、俺たち2人を捕えるためだった。
そしてこうなってしまったのは、いつもの生活物資の窃盗で、俺がミスを犯してしまったためだった。
しかし、そんな俺たちへ救いの手を差し伸べてくれたのが、白石 姫子特務中尉だった。
「橘、田端の両名は私の指揮で特殊任務に就いていた。これがその命令書だ」
白石さんのおかげで、俺とめぐは無罪放免となった。
そして、俺は白石さんから、めぐの分も含めた、激しい折檻を受けることとなる。
「願いを託されたのなら、泥を食おうと、死んでも繋ぎなさい! それが託されたものの使命なのよ!」
だが、苛烈さの中にも、白石さんからの確かな愛情を感じ取った俺とめぐは原隊復帰を決意。
自ら志願をし、首都:札幌の最終防衛線である五稜郭要塞の防衛要員として配属される運びとなった。
「めぐは俺が支える! 必ず! 約束する!」
「しゅうちゃん……ありがとっ! また一緒に頑張ろうね!」
白石さんのおかげで目が覚めた俺とめぐは、今も小樽で暮らしている子供達の未来を守るため、日夜必死に戦い続けた。
めぐはE区画の防衛指揮官に任命された。
そんな彼女を俺は副官として必死に支えた。
俺とめぐは、まるで何かに取り憑かれたかのように、来る日も来る日も、本土から押し寄せるジュライやペストを必死に刈り続けた。
ーーやがて北海道へジュライとペストが苦手とする厳しい冬の季節が訪れた。
植物のような性質を持つジュライ。
まるで虫を思わせる生態のペスト。
この二大天敵は発生以来、寒冷地が苦手であり、活動が抑制される。
そう長年の研究の結果、結論づけられていた。
だからこそ、特に寒さが厳しい北海道においては、俺たち兵士に束の間の休息が許される時期だった。
そうなる筈だった……
「はぁ……はぁ……しゅ、しゅうちゃん……残存戦力は……?」
「俺たちを含めて、4……」
「き、厳しい……でもっ!!」
何故か真冬の五稜郭要塞へ多数のペストが飛来した。
ややあって、函館全域にジュライの開花が確認された。
どうやらこの天敵は半世紀近い年月を経ることで、寒さへの耐性を獲得したようだった。
意表を突かれた俺たち防衛隊は混乱を極めた。
さらに札幌では現内閣に不満を持つ軍部の一部が武装蜂起を起こした。
戦線は瓦解し、あっという間に五稜郭絶対防衛線は崩壊。
俺たちは敗走を余儀なくされる。
そしてその中で、俺とめぐを再び立ちがらせてくれた白石さんがMIAとなってしまった。
ほんの一瞬の出来事だった。
それでも俺とめぐはなんとかこの場から脱出しようと試みた。
白石さんから頂いた「死んでも願いを繋ぐ」という言葉を実行するために。
だがーー
「しゅうちゃん、危ないっ!」
「めぐっ!!」
俺を守るために飛び出しためぐのMOAが無数のジュライの蔓に貫かれた。
彼女の機体はバラバラになりながら、崩壊した五稜郭要塞の上へ落下してゆく。
俺はすぐさまスクラップとなった機体から、めぐを引きづりだす。
既に、彼女の顔は、まるで雪のように真っ白に染まっていた。
「ごめんなさい、しゅうちゃん……」
めぐの顔へ降り注ぐ雪を、俺は何回も払いつつづけた。
彼女の顔色がすぐれないのは、白い雪が降り注いでいるためだ。
そうだ、絶対にそうに違いない。
しかし彼女が咳き込み、白い雪が真っ赤に染まった瞬間、背筋が凍りつく。
まるで万力に掛けられたかのような圧力が、俺の胸へ襲いかかる。
「もう、いいから……」
「もう、良いって、何がだよ……?」
「行って……じゃないと、しゅうちゃんまで、死んじゃうから……せっかく、助かったのに……そんなの嫌だから……」
めぐがこうなってしまったのも、自分の責任だった。
もしもあのとき、ペストとジュライの挟撃をしっかり把握してさえいれば……
「今まで……本当にありがとう……もう、私のことは忘れて……しゅう、ちゃん……」
「め、めぐ……おい! めぐっ! 嘘だろ……おい、目を開けろよ! おいっ!!! 俺を1人にしないでくれよっ!!!」
「…………」
「うそ、だろ……」
ーーこの日、俺は異世界で本当に1人きりとなってしまった。
結局、俺はこの世界の人々に守られてばかりだった。
そのため、本当に守りたかった人を守れなかったのだった……。
皆を、めぐを失い、それでも生き続けたおよそ2年はまさに地獄の日々であった。
寒冷を克服したジュライ・ペストの猛攻。
クーデター軍による革命活動も相まって、国内はひどい混乱状態陥ってゆく。
さらにそこへ追い討ちをかけるようにユーラシア連邦から北海道への軍事侵攻が開始された。
ジュライとペストが寒冷地への耐性を獲得したことで、それまで安全圏と言われていたユーラシア大陸北方へ、奴らの大規模進行が開始され、かの連邦が国土を失ったためだった。
この事態をみて、協力関係にあった米国は我が国へ早々に見切りをつけ撤退してしまう。国連もまたこうした事態によって機能不全に陥り、役に立たなくなっていた。
今や北海道はジュライ・ペスト、国内クーデター軍、ユーラシア軍、そして我が方といった四つの勢力が激しくぶつかり合う地獄の戦場と化してしまっていた。
それは世界中に広がり、この異世界の地球は崩壊の一途を辿ってゆく。
それでも俺は、たとえ1人になろうとも戦い続けた。
皆に、そしてめぐに託された願いを死んでも繋ぐために。
ただひたすら、必死になって……。
★★★
(そういえば元の世界の五稜郭は観光地化されているんだよな……)
バスの車窓から穏やかで平和な函館の風景を見つつ、そんな感想を抱いた。
だが、目的地である五稜郭が近づくに従い、胸の内に不安が押し寄せてきた。
どんなに平常心を貫こうとしても、手の震えが止まらない。
「大丈夫、私がそばにいるよ」
そんな俺の手をそっと、隣に座っていためぐの綺麗な手が包み込んでくれた。
俺は彼女の手を強く握り返し、決意する。
(ここで全てを終わりにするんだ。必ず……!)