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修学旅行〜複雑な記憶・小樽〜

ーー真白中尉が林原軍曹と同じ世界へ旅立たれた。


 貝塚 真珠大尉もバカな俺たちなんかを守るために戦死された。


 軍に戦闘用AI:レッキスに改造されながらも、明るく俺とめぐを支えてくれていた稲葉 兎さんも、もうこの世にはいない。


 もはや戦うことが嫌になった俺とめぐは軍から脱走し、小樽の地へ身を寄せる。


そしてそこで戦災孤児達と出会った俺とめぐは、小樽運河沿いの廃墟に居を構え、子ども達と疑似家族のような生活を送っていたのだったーー


「先生、おかえりー!」


 住まいの廃墟へ米軍が残していった四輪駆動車を横付けすると、子供達が一斉に俺を出迎えてくれた。

そしてどうやら俺の呼称は彼らの中では"先生"になってしまったらしい。

確かに、合間の時間に簡単な勉強を教えてはいるが、やはり先生と呼ばれるのはこそばゆいものがある。


「お帰りなさい、しゅうちゃん」


 次いで奥からめぐが出てきて、言葉をかけてくれた。

 今日も、めぐは穏やかな表情を浮かべてくれている。

ここに来るまで、めぐはずっと暗い表情をしがちだった。


 軍からの脱走は重罪だ。

でも、この選択は俺にも、めぐにとっても間違いではなかったと思う。


ーーここでの生活は決してとは言い難いものだった。

物資だってほとんどなく、時々米軍や元友軍のキャンプ地から盗みを働いたりもした。

だけど、俺は、この過酷な世界にやってきて、久々に幸福感をいただいていた。

 まるで訓練校時代の楽しさが戻ってきたような感覚だった。


「お疲れ様、しゅうちゃん……」


 不意に、部屋へ入ってきためぐが、背中へ抱きついてきた。

 自室で物資の残量を確認している、深夜のことだった。


「めぐこそ、お疲れ。いつも子供達の面倒を見てくれてありがとう」


 めぐの匂いを身近に感じつつ、頬を撫でてやる。

彼女はまるで子猫のように俺へ身体を擦り付けて、甘えてくる。


 そんな彼女を俺は愛おしいと思った。

しかし同時に、皆と同じく失ってしまうのではないか、という恐怖が沸き起こった。


 それはきっとめぐも同じ気持ちだったのだろう。

そうして俺たちは、今夜もし始めてしまう。

 

「めぐっ……!」


「しゅう、ちゃ……はむっ、むちゅ、んっ、んはっ……しゅふぅ、ちゃぁん……!」


 俺も、めぐも、恥じらいも、躊躇いも、迷いもなく、互いの唇を激しく貪りあった。そのままもつれ合いながら、簡易ベットへ倒れ込む。

そしていつものように、お互いの大事な場所をあられもなく晒し合い、身体をも繋げ、お互いの隙間を埋めあってゆく。


 こうした行為は、この生活の中で自然と発生し、そして日常茶飯事となった。

俺とめぐはこの小樽での生活の中で、数えきれないほど、時には子供達の目を盗んで昼間からでも、お互いのことを求め合った。


 これをしている時は、ただ性的な快楽が心を、体を埋め尽くし、悲しいことや辛いことを忘れさせてくれるためだった。


 なによりも、絶対に失ってはいけない、失いたくはない人の存在を、この身と心へ強く刻み、意識することができた。


ーー本来この行為は、愛し合う者同士が、その愛を確かめ合うために、行うものなのんだとは、ガキの俺でもわかった。


 だけど、異世界の小樽でこうしていた俺とめぐは愛情に基づいてこうしていたわけではない。


 ただ恐怖や不安を埋めるために身を寄せ合う、路肩で出会った野良猫のような関係。


 だからこの行為をしているときの俺とめぐは、同僚でも、恋人でも、ましてや家族でもなかった。


★★★


ーー修学旅行2日目は、札幌から小樽へ移動し、そこでとても有名な運河などを見学することになっていた。

そして、そこへ辿り着くなり、俺の視線はその場に奪われた。


「……」


「しゅうちゃん?」


「あ、いや……ここって、元の世界だと想像以上に綺麗だと思って……」


 元の世界の平和な小樽運河は、歴史ある倉庫群と、青い海とのコントラストが美しかった。

あの薄汚れた、廃墟ばかりのここは、本来は俺が存在しないここは、やはり異世界であったのだと強く認識することができた。


「ここにはその……とても良い思い出があるんだ」


「異世界、での?」


「ああ。あちらの君との、とても良い思い出が……」


 だが同時にめぐを愛すものとして、とても恥ずかしく、そして申し訳ない記憶も存在している。俺は今でも、寂しさや不安を埋めるためだけに、あちらのめぐを散々抱いたことを後悔している節はある。


「そっか……だ、だったら、私とも作って、欲しいな……ここでの楽しい思い出を……だって、今しゅうちゃんの恋人は、元の世界の私なんだから……!」


 おそらくめぐは、ここに刻みつけられた異世界の自分と俺との記憶に妬いてしまっているのだろう。


「すまない、そうだような。俺の恋人はめぐ、だもんな」


「しゅうちゃん……!」


「行こうか」


「うんっ!」


 異世界でのあの時、この場所に存在した俺とめぐの間に、愛情めいたものはあった。

しかし夜な夜な、ああやって互いを激しく求め合ったのは、不安や寂しさを埋めるためだった。


だけど、今はーー


「〜♩」


 近い将来、今隣にいるめぐと俺は、そうしたことをするのだろう。

今や、むしろすごくしたいという気持ちが強い。


 もちろん若さゆえの欲求ではある。

でも1番は、"愛情"しか存在しない、その行為をこの身でしかと受け止めたいと思っているからだ。


 元の世界の俺にはもう、寂しさや不安はない。

めぐを失う心配だってないのだから……。


「あ、あの、しゅうちゃん……」


「ん?」


「さ、さっきからなんで、ずっとこっち見てるの? 恥ずかしいよぉ……嬉しいけど……」


「す、すまない。いや、相変わらず可愛いなと……」


「も、もぉ! 急に何いうのぉ!! 嬉しいけどぉ!!」


 異世界で最も良い経験だった、小樽の思い出が、どんどん塗り替えられてゆく。

俺は、元の世界で、今のめぐと、これからもずっと、ずっと、ずっと一緒にいたい。

そう願ってならない。


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