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俺の最期の場所


「じゃあ、みんな! 最終確認だよ! もしも、先生たちに出会したら! はい、めぐみん!」


「あ、えっと……ななみんたちと逸れちゃったと回答して、すぐにメッセージ! 即合流の流れで、落ち合うところはウィスキーのおじさんの看板の下!」


「おっけー! 健闘を祈るよ! じゃあ、いこ〜!」


「じゃあ、じゃあな2人とも! また後で!」


 相変わらず蒼太は鮫島さんに引っ張られて、雑踏の中へと消えてゆく。


 俺とめぐは、鮫島さん、蒼太と結託して自由行動班を組んだものの、到着後は別々に行動をしようと画策し、今に至っている。

 つまり両カップルとも、修学旅行にかこつけて、札幌デートをしようという魂胆だ。


(バレたら先生に大目玉なのだが……)


 しかし俺としても、心の整理をつけるため、色々と回りたいと思っていたので好都合だったりはする。


「ま、まずはどうしよっか……?」


 めぐがわずかに身を寄せながら、聞いてきたので「とりあえずレポートのようの資料集を済ませてしまおう」と提案する。


「そだね、それが良いね! じゃ、じゃあ、そろそろ……」


「あ、ああ、そうだな……」


 どちらともなく手を取り合い、俺とめぐは人で賑わう札幌の街を巡り始めた。


 大きく綺麗な駅前、歴史のある庁舎、ベターな時計台。

いずれも破損した様子は全くなく、行き交う大勢の人もまた、一様に穏やかな表情を浮かべている。


(風景は一緒だ。でも、漂う空気感がまるで違う……やはり、ここは平和な元の世界の札幌なんだ……)


 だんだんと、俺の中で"札幌"という街の印象が塗り替えられてゆく。

だからこそ、一度だけ、どうしても"元の世界でのそこ"を目の当たりにし、目の前の平和をより印象づけたいと思った。


「資料収集はこんなものだね。次はどうしたい? しゅうちゃんリクエストある?」


「少しその……遠いところなのだが、行きたい場所がある」


「ん? いいよ! そこ、いこ!」


「ありがとう。それでは、まずは地下鉄で……」


 俺はめぐを連れ立って地下鉄に乗り、繁華外からやや離れたところにある駅で降りた。

 そこは繁華街エリアと比べて、やや閑散とした場所だった。

 俺はそんな街の奥へ、めぐと共に進んでゆく。


「しゅ、しゅうちゃん……? ここ、なんにもないよね……?」


 何故かめぐは周囲をきょろきょろと見渡しつつ、不安げな声を漏らしている。


「いや、あるんだ。俺にとって大事なところなんだ」


「で、でも、この辺りって……!」


 周囲には徐々に派手な看板などを据えたビルがちらほらと見え始めている。


 異世界のこのあたりは廃ビル群だった。

しかし元の世界はどこもかしこもきちんと"営業"しているらしい。

その事実は、俺の札幌の印象を更に、元の世界へものへ塗り替えて行く。


 やがて、目的地に達した俺は歩みを止めた。


「ここだ」


「ひうぅぅぅっ!?」


 派手な装飾は施されているものの、ビル自体の外観は異世界のものと相違なかった。

そして、元の世界のここは廃ビルではなく、きちんと"ホテル"として営業されているようだった。

もちろん、ビルにめり込み、動かなくなった俺専用の漆黒のMOAの姿などあるはずも無い。


「だ、ダメだよっ、しゅうちゃん! いくらなんでも、修学旅行中だし! そ、それに私たち、まだキスもしてないのに、いきなり……そんな……!」


と、めぐのめちゃくちゃ動揺した発言を聞き、俺は自分がとんでもないことをしでかしたと気がついた。


「で、でも、しゅうちゃんが、どうしてもっていうなら、わ、私……!」


「す、すまない、めぐっ!」


 真昼間のラブホテルの前で、めぐへ頭を下げるのだった。


「へ……?」


「突然、変なところへ連れてきてしまって、本当にすまない! 実はここはその……異世界での、俺の最期の場所だったんだ……」


 札幌駅前の激戦から脱出した俺だったが、途中でMOAが爆発してしまい、あちらの世界のこのビルへ激突。

そして最期を迎えていた……と、めぐへここへ来た意図を丁寧に説明する。


「あっ……そういうことだったんだ……」


「元の世界でのここを一度見ておきたかっただけなんだ。心の整理を付けるために……誤解させるようなことをして、本当にすまない!」


「あ、頭あげて! そ、そうだよね! しゅうちゃんがいきなり、そんな変なことする訳ないよね! 私の方こそ、誤解してごめんねっ!」


「しかしおかげで心の整理がついた。しかも、めぐと一緒にこの場へ来られたんだ。付き合ってくれて、本当にありがとう」


「そっか。なら、良かった……これでしゅうちゃんが、もっと安心できるようになったのなら、それで……」


 ふと、めぐが手を結んだまま、腕に身体を押し付けてくる。

不意に与えられた彼女の柔らかな感触。

夏祭り以降、纏うようになったシトラスの香りが、胸を自然と高鳴らせる。


「今はまだ、ちょっと怖いから、アレだけど……でも、い、いつか、だったら……」


 めぐは俯き、耳まで真っ赤に染めつつ、それでも勇気を出して伝えてくれた。

その気持ちがとても嬉しかった。


「ああ、いつか行こう。ちゃんとエスコートするから」


 めぐをグッと抱き寄せ、そう宣言すると、彼女はキュッと袖を摘んでくる。


「ごめんね……付き合いだしてから、私、ちょっとエッチ過ぎるよね……」


「いや、むしろ嬉しい」


「ほんと?」


「ああ。とても……」


「なら、良かった」


 俺とめぐは互いの体温を感じ合いながら、昼間のラブホテル街を後にする。


ーー札幌での心の整理はついた。

この調子で、どんどん、異世界の記憶と訣別できればと思えてならない。

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