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心の整理

「わ! ガチだ! リークされた交際情報はガチだったぁー!」


 2年6組の教室へ入るなり、加賀美さんがこちらをみて声を張り上げる。


「やっぱワンチャンもなかったわー……てーわけで、放課後どう? 今日の合コン相手はみんな大学生!」


 佐々木さんはチラッとこちらを見ただけで、すぐにスマホへ視線を落としてしまう。


「いーね! じゃあ井出も行っちゃう? 傷を癒すみたいな?」


「き、傷って! だから、私はそういうのじゃ……」


 佐々木さん、加賀美さんと一緒にいた井出さんは、一瞬ためらった様子をみせたものの、席を立つ。そして俺へ近づいてきた。


(歩き方も問題ない……事故のあと彼女のご両親から大事には至ってなかったと伺ってはいたから、一応安心はしていたが)


 こうして元気な姿の井出さんを見られたことに、俺は安堵の気持ちを抱いているのだった。


「ひ、久しぶり! 田端くん!」


「ああ、キャンプ以来だな。特に変わったことはないか?」


「おかげさまで! あ、あの時はすっごく迷惑かけました! 助けてくれて、本当に、本当にありがとうございました!」


 井出さんは体育会系らしい、爽やかな謝辞を送ってくれる。


「そ、それじゃ! やっぱりちゃんとお礼は口で伝えたいと思って! ただそれだけだから! お邪魔してごめんねっ!」


 井出さんは精一杯の笑顔を浮かべたかと思うと、くるりと踵を返して、小走り気味に席へと戻って行く。

 一瞬、井出さんの周囲に煌めく何かが浮かんでいたような気がした俺だった。


――もしかして、井出さんは俺のことを……? いや、そんなの妄想だ。それにそうだったとしても、俺の気持ちは絶対に揺らぐことはない。


「はいはい、みんな席へ着く……っ!?」


「わぁー! うふふ〜」


 教室に入ってきた林原先生はなぜか息をのみ、その後ろにいる真白先生はとても楽しそうな含み笑いをしていた。


 一瞬、どうしてそんなリアクションを……? と思った。

しかしすぐさま、俺はめぐと"ずっと手を繋ぎっぱなし"だったことを思い出す。

 俺とめぐは慌てて、繋ぎっぱなしだった手をお互いの意思で離すのだった。


「そ、そういうのは、学校ではほどほどにね……さっ、席へ着きなさい」


「青春っ! 良いねぇ!」


 俺とめぐは先生方の言葉を受けつつ、急いで自分たちの席へ向かって行くのだった。



ーーこうして俺とめぐの高校2年の二学期がスタートする。



 一学期の頃は、異世界からの帰還直後だったり、"元の世界のめぐ"と仲良くなり始めたということで、色々とバタバタしていた。

でも、2学期のスタートはとても穏やかで、なによりも喜びに満ち溢れているものだった。


「しゅうちゃん! ご飯、行こ!」


「ご飯? 今日は始業式だけで、これで終わりでは?」


「おべんと、ある! で、これを中庭で食べて、その……」


 何故、そのような提案を? と一瞬考えるも、すぐに合点がいった。


(なるほど。まためぐは皆へ知らしめようとしているんだな。"もう自分が、俺だけのもの"ということを……)


 それだけめぐは俺のことを大切にしてくれているのだと思った。

だから、その誘いに乗り、放課後の中庭でめぐの作ってくれたお弁当を食べることにした。


「わ! う、噂は本当だった!」


「はぁ……俺の高校生活は、終わった……」


「ばーか、女子は橘さんだけじゃないだろうがよ!」


 案の定、中庭という目立つスポットは、めぐの目論見通り、俺たちの存在をアピールするのに格好な場なのであった。


「めぐみーん!」


「ななみん!」


 と、朝の喧嘩はどこへ行ったのやら。

学校なのにも関わらず、しっかり蒼太の腕のくっついた鮫島さんが姿を現す。

わざわざコンビニで買って来たのか、それぞれの手にはお昼ご飯が握られている。


「一緒に食べよ!」


「うんっ!」


ーーこの4人で、こうして、死や別れといった憂いが一切なく、一緒にいられる。

あの過酷な異世界では考えらなかったことだ。

そしてもう2度と、絶対に失いたくはないと願ってならない。


「そうそう! めぐみんにね、付き合った記念をあげようと思ってね!」


「なに?」


「その紙袋って……!? ダメだ、橘さん、受け取っちゃ!」


「ーーッ!!」


 俺の隣で、めぐは紙袋へ視線を落としつつ、顔を真っ赤に染めていた。

何が入っていたのか、覗こうとすると、


「だ、だめっ! 見ちゃだめっ!」


 何故か全力で拒否されてしまった。

そしてめぐは恨めしげな視線を鮫島さんへ送る。


「そんな目で見ないでよぉ。ぜったいにいつか、てか、近いうちに必要になるから! ねー? 蒼ちゃん?」


「いや、だから、あの時は……なんか、流れでそのままっていうか、その次からはちゃんと着けて……って、またお前はっ!」


「ちょっと良いやつにしてみたから! 薄さ0.01ミリの!」


 めぐが鮫島さんから何を渡されたのか、わかってしまった俺だった。


「だ、だからっ! 私としゅうちゃんには、まだ早いって、もぉ……!」


 めぐは顔を真っ赤にしつつそう叫ぶ。

しかし貰ったソレをちゃっかり鞄にしまっている辺り、すでにそういう覚悟は決めてくれているのだろう。


 俺だって、そういうことにはかなり興味がある。

しかも、おそらくその相手が愛してやまない"めぐ"になるのだから、興奮を覚えていないわけではない。

だが、興奮以上に、俺はめぐや皆の振る舞いを見て、安堵を覚えている。


(元の世界はこうした話ではしゃげるほど平和なんだ……奪われる憂いは、元の世界には存在しないんだ……)


ーー奪われる憂いはない……いや、これは強がりだ。

俺には最も、警戒しなければならないことがある。


【異世界の因果】


 ここ最近は白石さんから頂いたアドバイス通り、あまりあちらであった出来事を思い出さないようにしていた。

だが、いくらそうしても、ふとした瞬間に、やはり思い出してしまうことがある。


きっと、俺がそうなってしまうのは、心の整理ができていないからだと思う。


だからこそ、この機会にそんな自分の気持ちを整理したいと考えている。

なにせタイミング的には、おあつらえ向きなのだから。


「めぐみんさー、北海道って行ったことある?」


「ないよ。だから楽しみっ!」


ーー今月の末、俺たちは修学旅行として北海道へ向かう。

そして北海道は、異世界においての俺にとって、とても思い出深い場所だ。


(しっかりと心の整理をしよう。皆や、めぐを守るためにも……)



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