想いを言葉に乗せて
「わぁー! 綺麗!」
めぐは腰の収まりが良さそうな大岩に座り、打ち上がる花火の数々に目を奪われていた。
「よく、こんな穴場知ってたね?」
「前にたまたまた見つけてな」
俺とめぐは全く人気のない小高い丘の上から花火を見物していた。
ここは俺がかつて弱かった頃、よく逃げ込んでいた場所だった。
夜空には次々と花火の菊や牡丹の花が開いている。
めぐは今も夢中になって花火を見上げてるのだが、俺はそんな彼女の横顔に釘付けだった。
そうしていると、想いは募ってゆくばかり。
そして、自分で言うと決めたにも関わらず、なかなか言い出せない自分自身に歯痒さを覚える。
「さ、さっきからこっちばっかみてるの、なんで……?」
さすがにめぐも視線に気がついたのか、恐る恐ると言った具合に問いかけてきた。
(さすがにこのままではいけないな……!)
その時、夜空にフィナーレを飾るスターマインが打ち上がった。
無数に響く轟音と、色鮮やかな輝きは、俺に勇気を与える。
「めぐ、俺は……君のことが好きだっ!」
花火の音に負けないほどの大声で、ずっと秘めていた言葉を口にする。
「……」
だが、めぐは好きだという言葉を受けても、無言で俺のことを見上げていた。
さすがにノーリアクションは想定していなかったので、不安が膨らんでいってしまう。
「……一回……」
「いっかい……?」
「もう一回……聞かせて? もう、あんな大声出さないで、優しく……」
めぐは囁くようにそう言って、そっと身を寄せてきた。
彼女の匂い、そして息吹が狂おしいほど気持ちを昂らせる。
俺もまたそっとめぐへ身を寄せた。
「めぐのことが好きだ。俺の、俺だけの存在になって欲しい……」
願いを言葉に乗せて、囁きかける。
「うん……なるっ……! 私は、しゅうちゃんだけの……めぐにっ……!」
俺だけのめぐ……その言葉に、胸がカッと熱くなった。
「私もしゅうちゃんのこと、大好きっ!」
気がつけば、俺とめぐは自然とお互いを抱きしめ合っていたのだった。
久方ぶりにこの手に感じた彼女の感触はとても柔らかく感じ、心が喜びで満ち溢れてゆく。
(めぐがまた、こうして俺の腕の中に存在してくれている。これほど嬉しいことがあるものか……)
もう絶対に離したくはない。
そう思うと自然に腕へ力がこもってしまった。
「ひうぅっ!?」
突然めぐがくるしそうな呻きをあげた。
力加減を間違えて、少々強く抱きしめすぎたようだった。
「あ、あ、ああ! す、すまん!」
「だ、大丈夫っ……びっくりしたのも、あるから……」
「本当にすまない……」
「でも強いギュッって、嬉しいのもあった……!」
「そ、そうか?」
「なんか、それだけ大事にしてくれてるって気がして……だから、もう一回……で、でも、もうちょっと優しく……」
俺は改めて、力加減に気をつけつつ、少し強めにめぐのことを抱きしめた。
すると彼女はとても満足そうに身を震わせるのだった。
「ねぇ、しゅうちゃん……」
しばらくお互いの体温を感じていると、めぐが俺のことを呼んできた。
「なんだ?」
「そのぉ……あっちの私へは、えっと……」
想いが通じ合ってもなお、めぐには不安点があるらしい。
もちろん、そのことは十分に理解している。
そして伝えるべきことも。
「初めてだ。こうして想いを伝えるのは。君が本当に初めてだ」
「そうなんだ……ふふ……やった……! 私がしゅうちゃんの初めて、なんだ……!」
めぐは満足そうな笑みを浮かべ、今度は俺のことを更にぎゅっと抱きしめてくる。
そして……
「大丈夫だよ。こっちの世界は平和だから、私は居なくならないよ。しゅうちゃんを悲しませたりしないよ。絶対にだよ!」
優しく、そして愛に満ちた言葉は、俺の気持ちをも奮い立たせる。
「俺も君のことを守る。たとえこちらの世界が平和であろうとも……」
「ありがと、嬉しい……」
既に花火大会も終了し、丘から見下ろせるお祭り会場も散会の様相を呈し始めていた。
そんな中、俺とめぐの腹の虫が"良いかげん離れろ!"と言った風の唸りをあげる。
「じゃがバターしか食べてないからお腹すいたね? 何が食べたい?」
どうやらめぐは帰宅したのち、夜食を作ってくれるつもりらしい。
こんな遅い時間に悪い気はする。
だがめぐにとって、俺へ食事を作る時間は"大事なもの"だと理解している。
「だったら、めぐのおにぎりが食べたい。あの海で食べさせてくれたカリカリ梅のが」
「そっか。わかった! でも梅ないから、帰りに買って帰ろ!」
「ああ、そうしよう」
いつものやりとりだった。
でも、俺たちの関係は大きく変わった。
「行こう!」
「うんっ!」
俺とめぐはお互いに硬く手を結び合って、丘を降りてゆく。
きっとこれからはこうした日常が続いてゆくのだろう。
そしてこうした輝かしい元の世界の生活は、きっと異世界から押し寄せる負の因果を押し除けてくれるに違いない。
(絶対に守って見せる。この幸せを……めぐを……!)
俺は改めて自分自身へそう言い聞かせる。
ーーこの日の境に俺とめぐは晴れて、恋人同士となったのであった。