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異世界の人間関係は過去のものへ……

(先生方はこんなお仕事も……いつも、ありがとうございます……)


 俺は雑踏の中へ消えてゆく、林原先生と真白先生へ心の中でお礼をいう。

真白先生は巡回の仕事そっちので美味しそうに唐揚げを食べていて、それを林原先生が怒っていたというのは……見なかったことにしておくものとする。


「真白先生も、林原先生も相変わらずだね?」


 俺と同じことに気がついていためぐも、苦笑い気味にそう言った。


「ねぇ、しゅうちゃん……」


「?」


「ま、前に、しゅうちゃんが私へ、林原先生のことを話してくれたこと、覚えてる……?」


 確か俺が屋上で林原先生と話をしていて、それを見ためぐが関係を誤解したことだと思われる。


「ああ、覚えている。それが?」


「……あの時ね、もう誤解解けたって、言ったんだけど……ごめんなさい……ついこの間まで、やっぱり誤解したままだった……もしかして、しゅうちゃんは先生のことを、やっぱり、す、好きなんじゃないかって……」


「そうだったのか……」


「で、でもねっ! もう大丈夫っ! だって、この間、しゅうちゃんの"異世界"でのお話聞いて……私がしゅうちゃんと同じ立場だったら、きっと私も、先生のこと慕うと思ったし……! だから、嘘ついてごめんなさい!」


 先日のキャンプの帰り。

2人きりの駅のホームで俺は、涙ながらに異世界での辛く、悲しい経験をぶちまけた。

話半分で聞いていてくれれば良いと、俺自身は思っていたのだが……


(まさか、本当にあんな荒唐無稽な話を信じてくれているだなんて……)


 こうしてありのままの俺を受け入れてくれる存在が、隣にいてくれる。

そのことが有難く、何よりもその存在が"めぐ"であることが嬉しくてたまらなかった。


「先生たちはあっちでもあんな感じだったの?」


「ああ。こちらとは地位は逆で、真白先生の方が上官だったな」


「なにそれ! 面白いっ!」


「訓練の時は真面目だったが、それ以外の時は、先ほどのような感じだったな」


「その話、もっと! 楽しいお話っ! 聞かせてっ! しゅうちゃんが異世界で経験した、楽しいお話っ!」


 めぐははしゃいだ様子でそう聞いてくる。

 せがまれては話さない訳には行かないと思い、主に訓練校時代に経験した"楽しい"と思える記憶の数々を口にしてゆく。

すると、不思議なことに、どんどん気持ちが軽くなっていったことに気がついた。


 これまで異世界の記憶といえば、暗く澱んだものばかりを思い出しがちだった。


 しかしこうして一生懸命思い出し、言葉に乗せれば、楽しくそして輝かしい思い出が数多くあることに気がつく。


(もしかしてめぐは、俺のことを気遣って……?)


 めぐは終始、俺の異世界での話を楽しそうに聞いてくれていた。

その優しさがとても嬉しく、俺は夢中になってあちらでの"楽しかった話"を続けてゆく。

勿論、"異世界のめぐ"との話も交えつつ。


「なんか良いな……」


ふと、めぐがそう寂しそうに呟いた。


「まさか、あんな世界が良いのか?」


「ち、違うっ! あの、それは、今の良いなは、えっと……」


 どうにも釈然としないめぐの態度だった。

そして俺自身、彼女が何を言いたいのかさっぱり理解できない。


「さっきの良いなってのは、その……"あっちの私"が羨ましいなって……」


「え?」


「だって、あっちの私って、こっちの私よりも、しゅうちゃんともっと仲が良かったんだなって思って……一緒に暮らしてたんでしょ……?」


 どうやらめぐは、"あちらの自分自身"と俺との関係に、嫉妬めいた感情を抱いてしまったらしい。

 そう告白され、俺は初めて、非常にデリカシーがないことをしでかしてしまったと思った。


「す、すまない! あまりに話に夢中になってしまい……」


「……」


「め、めぐ……?」


 めぐは俯き加減で黙ったまま、肩に垂れ下がる、亜麻色のおさげを指でクルクルし始めた。

やがて、その指の動きが止まり、彼女はギュッと拳を握りしめる。


「あ、あのねっ! しゅうちゃん! 今日はね、大切なお話があるのっ!」


 切羽詰まったかのようなめぐの表情に、心臓が拍動を放つ。

俺の心臓は不安で震えているというよりも、喜びで踊っている……そんな気がしてならない。


「わ、私ね! ずっとしゅうちゃんのことが、す――――」



『まもなく花火大会を開始いたします。お席をご予約のお客様は、どうぞご来場ください。繰り返しお伝えします……』



 かなり大音量なアナウンスが、めぐの声をかき消してしまった。

結果、声は俺に届かなかった。

でも、彼女がいわんとしていることは、なんとなくだがわかった気がした。


「行こう、花火が始まる」


「ふぇ!?」


 俺は少し強めにめぐの手を取り、花火を見物するため歩き出す。


「ど、どこ行くの!?」


「花火を二人きりで見られる良いところだ!」


ーー正直なところ、先ほどアナウンスが、めぐの言葉をかき消してくれて、本当に良かったと思った。


(俺は自分から伝えたいんだ。今の気持ちを、自分の言葉で、めぐへ……!)


 だって俺は"異世界のめぐ"へちゃんと言葉で伝えられなかった。

受け身だったばかりに、今でもそのことを後悔しているのだから……


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