君と俺が手を取り合う時
「あ、あのっ……変な匂いじゃ、ない、かな……?」
「あ、いや……その……とてもいい匂いだと思う……」
匂いに関して言葉にするのはどうかと思ったものの、問われたので素直な言葉を口にする。
甘さの中にも爽やかさが潜むシトラス系の香りは、正直かなり好みな匂いであった。
「良かった……も、もっと、その……」
「ん?」
「好きだったら、良いよ……?」
めぐはそっと身を寄せてきた。
彼女の熱によって蒸発した香水の匂いに胸が高鳴りを覚える。
そして、近づいたことにより、お互いの爪の先が、コツンとぶつかり合う。
「あの、えっと……」
めぐの指先が躊躇いがちに動き出す。
「ひゃ!?」
俺が先んじて、めぐの細い指先を握りしめると、彼女は驚いたような声を上げるのだった。
「しゅうちゃん……?」
「いや、これは、その……色々と意味があって……」
花火大会の会場はただいま人でごった返していた。
よって、めぐと離れ離れにならないようにするためといった目的があった。
さらにこうすることで、めぐを守ることもできる。
実際、道ゆく男性陣は一瞬、愛らしいめぐに視線を止めるも、"俺と手を繋いでいる"と知るや否や、残念そうに視線を外すのである。
「ありがと。嬉しい……」
めぐはそう言って、恥ずかしそうにしながらもはにかみ、俺の手を握り返してきてくれるのだった。
そのことがたまらず嬉しく、そしてとても幸せであった。
「こ、これからどうしようか? 花火まで時間はある……」
激しく心臓が拍動する中、俺は言葉を搾り出す。
「ちょっと、お腹空いたかな……お昼頃から支度してたから、ほとんど食べてなくて……」
「了解した」
俺はぐるりと屋台を見渡す。
(わたあめでは腹が膨れなさそうだ。だからといってたこ焼きや焼きそばは歯に青のりがついてしまうのでナンセンス。ならば、あれしかなないか……)
「あれはどうだ?」
「じゃがバター!」
反応からNGではないとわかり、ほっと胸を撫で下ろす。
「しゅうちゃん、お芋好きなんだね! 私も大好きっ!」
実際は異世界でのほとんど唯一の天然食材が"馬鈴薯"だったため、すごく食べ飽きてはいるのだが……
(めぐが喜んでくれているんだ。それだけで十分だ……)
俺はめぐと共にじゃがバターの屋台へ向かってゆく。
すると、今蒸している最中とのことだったので、屋台の前で少し待つ羽目となった。
「なんか、お芋を見てると学園祭のこと、思い出すね……」
少し甘やかなふかし芋の匂いの中、めぐは懐かしそうにそう呟いた。
「もう2ヶ月か……あっという間だったな」
「ななみんとも仲良くなれて、とっても楽しくて……ぜんぶしゅうちゃんのおかげ! あの時はありがと!」
不意に繰り出されたお礼の言葉と、めぐのはにかんだ笑顔に心臓が大きく高鳴った。
「そ、そうか。なら良かった……」
恥ずかしさのあまりめぐから視線を逸らしてしまう。
きっと、以前の関係だったら、めぐは不安そうな顔をしたことだろう。
しかし今は"仕方ないなぁ"といった風の、どこか穏やかな表情だった。
「待たせてすまんかったです! どうぞ! バターは好きなだけ塗ってください!」
と、沈黙を打破するように、屋台のおじさんがプラスチック容器に入った、蒸したてのジャガイモ2つを差し出してくれる。
俺は早速受け取ろうとするのだが、
「あ、あの、めぐ……」
「ん?」
「手を離してくれないだろうか。受け取れないんだが……」
俺の左手をぎゅっと握りしめたままのめぐへ、そうお願いする。
「片方は受け取るよ?」
「それはありがたいが、どうやってバターを塗るんだ?」
「あ……!」
めぐはようやく気づいてくれたらしい。
手を繋いだままでは、ジャガイモを受け取れるものの、バターを塗ることができない。
と、いうわけで、めぐはすごく名残惜しそうな様子で、俺から手を離すのだった。
俺とて、めぐと同じ気持ちだった。でも、こればかりは仕方がない。
俺は未だにめぐの手の温もりが残る左手へジャガイモを移し、右手にヘラを持ってバターを大量に掬い取る。
「ま、待って! 私、やるっ!」
「いや、これぐらい……」
「んっ!」
めぐは言葉の代わりに、自分が持っていたじゃがいもを突き出してきた。
仕方なく俺はヘラをバターの入った一斗缶へ戻し、めぐのぶんのジャガイモを受け取る。
するとめぐは早速、ヘラにこびりついたバターを全て落とす。
そして再度適量と思しき量を掬い取った。
「さっきのバターは多すぎ。お芋自体の甘さとか味がしなくなっちゃう」
料理好きのめぐらしい言葉だった。
「あ、あとね! 油分の取りすぎは身体にあんまり良くないんだよ! だからその……」
どうやらめぐは俺の"健康"を気遣ってくれているらしかった。
「ありがとう。これからは気をつけるよ」
めぐの気持ちが嬉しかった俺は、素直にお礼をいった。
途端、めぐは"しまった!"といった表情を浮かべる。
「ご、ごめんなさい……急に変なこと言って……」
「気にするな。あっちで食べよう」
「うんっ!」
俺とめぐは再び手を取り合った。
そして、屋台街から少し離れたベンチへ腰を据える。
「あ、先生だ……」
ふと、めぐがそう呟く。
人混みの中に"巡視中"と書かれた腕章をつける、林原先生と真白先生があった。