艶やかな浴衣姿のめぐ
・めぐみん
花火大会の入り口にある駐車場で待ってるね
花火大会当日。つまり夏休みの最終日。
妙なことにめぐは現地集合を指定してきた。
ちなみにめぐはすでに帰国しているのだが、何故か未だ会ってくれない。
(できれば道中も一緒に楽しみたかったのだが……)
そんなことを考えつつ、指定された駐車場を目指して進んでゆく。
この花火大会は割と大規模に開催されるもので、内外より多数の来場者があることで有名だった。
よって、駐車場である広い空き地には、さまざまな人で溢れかえっている。
そんな中で、めぐ1人を探すのは難儀だと思っていたのだが……意外にあっさりと見つかる。
(あれは蒼太? それに鮫島さんも……そうか……今日は2人きりではないのか……)
俺は少々残念な気持ちで、3人へ近づいてゆく俺だった。
「あ! しゅうちゃん! ひ、久しぶり! えへへ……!」
しかし残念な気持ちなど、長い髪を後ろで結い、沢山の花があしらわれた紺の浴衣姿のめぐを見た途端吹き飛んでしまう。
しかもとても愛らしい笑顔をうかべてくれているので、それだけ彼女が楽しみにしていてくれたとわかった。
「久しぶり。ようやく会ってくれたな……」
「ご、ごめんね! ちょっと色々あって、なかなか……」
「いや……それにしても浴衣、似合ってるな」
「あ、ありがと! えっとね、貝塚くんのお母さんに着方習ったの! ななみんが紹介してくれて! ちょっとそのことかあって、なかなか会えなかっただけだから! 別に会いたくなかったわけじゃないから!」
めぐは慌てた様子でそう捲し立てた。
当然、わかっていたことだし、ただ俺が寂しかっただけなのは否めない。
もっとも、そんなこと恥ずかしくて言えもしないのだが……
「そうか、そんなことが……蒼太も鮫島さんも、めぐに協力してくれてありがとう!」
照れ隠しも含みつつ、カップルらしく手を繋いでいる蒼太と鮫島さんへお礼を述べた。
すると突然、ピンクの派手な浴衣を着た鮫島さんが「それじゃ、ウチらはこれで!」と言い出すのだった。
「こっからはお二人でどーぞ!」
「ん? 皆で回るんじゃないのか……?」
「たばっち、そうしたいの?」
「あ、いや、それは……」
「ウチらが一緒にいたのめぐみんを守るためだもん!」
「守る? 何から?」
「ナンパに決まってんじゃん! こんな可愛い子が1人でいちゃ危ないって! てかウチなら間違いなく誘拐しちゃう!」
「ゆ、誘拐って、大袈裟だよ……」
と、苦笑いを浮かべるめぐだった、実際似たような場面が以前にあったので、俺自身は笑い事ととは思えない。
それに今も、鮫島さんの言う通り、人の多くが、めぐを見て、時には振り返りながら過ぎ去っているのだ。
それほどめぐは可愛いので、人目を自然と引いてしまうのはしかたがないことだ。
「ちゅうわけで、たばっちはちゃーんとめぐみんのナイトとして守るんだぞ!」
「心得えた。本当に何から何までありがとう!」
「今度ご飯奢ってね! じゃあごゆっくり〜ほら、行くよ!」
「お、おい、引っ張るなって! じゃ、じゃあな、シュウまた!」
鮫島さんと蒼太はバタバタした様子で、先に花火大会の会場へ消えて行く。
相変わらずあちらのカップルは鮫島さんの方が強いらしい。
(確かに異世界のあの2人もあんな感じ……おっと……これはいけない……)
異世界のことを思い出してしまうと、そこから様々な因果を引き寄せてしまう。
だから極力思い出さないほうが良いという白石さんのご助言を、俺は今でも守り、意図的にそうしていた。
確かにそうすることで、どこからで"異世界"の存在が遠くなり始めたような気がしてならない。
むしろ、今の俺はあちらの世界へ、思いを馳せる余裕がなくなってきている。
(本当にめぐに浴衣はよく似合っている……まさか、ここまでとは……)
海で着てくれた大胆な水着、先日送ってきてくれた本格的なメイド服。
いずれもめぐの魅力を十二分に引き出してくれる衣装だった。
しかし、今着ている浴衣は、これまで目にしたどの衣装よりもめぐの魅力を格段に引き上げてくれている。
そんなめぐが、今目の前にいるのだから、異世界のことなど考えている暇などない。
「ど、どうしたの……? なんか、変……?」
あまりに俺が見つめていたせいか、めぐは不安げな声を漏らす。
「すまない、そんなことはない……む、むしろ……とても、可愛いと思う……」
勇気を振り絞り、耳にまで熱を感じつつ、そう口にする。
するとめぐの白い肌が、仄かな朱色に染まった。
「ありがと、嬉しい!」
きっと以前のめぐならば、しどろもどろなリアクションを返してきたように思う。
でも、彼女はここ最近で大きく変わったような気がする。
どこか堂々としていて……まるで"異世界のめぐ"を思い出させるほどの、凛々しさで……
なにが彼女をここまで変えたのかはよくわからないが……
と、こういう考え方も、皆やめぐを守るためにはダメなのだ。
自重せねば!
「いこ!」
「あ、ああ!」
俺はめぐと共に、人がごった返している花火会場へ進んで行く。
その時、ふわりとめぐのうなじの辺りから、爽やかな柑橘類を思わせる匂いがたちのぼった。
今日のめぐは珍しく"香水"を纏っているらしい。