めぐへ伝えたいこと
(終電まで後一本! これを逃したら帰れないぞ!?)
もしも終電を逃して、のこのこキャンプ場へ戻れば、それこそ白石さんらに相当揶揄われるのは容易に想像できた。
それに"めぐ"が俺のことを待ってくれているのだ。
そんな彼女の気持ちに答えたい一心で、俺は走り続ける。
「す、すまない! 遅くなって!!」
駅のホームで1人ベンチに座り、寂しそうに大荷物を抱いていためぐへ叫んだ。
とたん、彼女は寂しそうな表情から、嬉しそうな顔つきへ変わる。
「しゅうちゃん! お、お帰り!」
「鮫島さんと蒼太は……?」
「先に帰ってもらったよ。2人、すごく心配してくれてたけど……なんとなくだけど……しゅうちゃんはちゃんと来てくれる気がしてたから……」
ひょっとすると、こうした"予感"も異世界の因果が由来しているのかもしれない。
そう考えると嬉しい反面、やはり恐ろしいものがある。
「今日は大変だったね……お疲れ様」
隣に座るとめぐは労いの言葉と共に、缶入りのぶどうジュースを差し出してくれる。
「すまない、せっかくの楽しいキャンプを台無しにしてしまって……」
「井出さんがあんなことになっちゃったんだもん。しかたないよ……」
「あの、めぐ……」
「ん?」
「どうして、このジュースを俺へ……?」
このジュースを俺はめぐの前では一度も飲んだことがない。
しかしこれは、俺の大好物のジュースであり、"異世界"では、たびたびめぐが俺のために用意をしてくれていた。
「な、なんとなく、しゅうちゃん、これが好きそうだと思って……」
これが今までのめぐとの積み重ねで生じた事象なのか。
はたまた異世界の因果の影響なのか。
そうした分からないといった恐怖は、せっかく白石さんが上向かせてくれた気持ちへ影を落とす。
「大丈夫だよ、何も怖くないよ……」
不意にめぐはそう囁きながら、俺の手をそっと握りしめてくれた。
(そうだ……俺の側にはめぐが居てくれる……彼女を想うことこそ、周りを、そして彼女自身を異世界の因果から守ることができる……!)
だからこそ、まずはめぐへは全てを伝えようと思い、
「少し、その……変な話をしても構わないか……? 笑ってしまうような話なのだが……」
「しゅうちゃんのお話、笑ったりしない! 絶対に! だから話して!」
めぐは俺へ真剣な眼差しを送ってくれいた。
だからこそ話す勇気が湧いた。
そして彼女には知ってもらいたいと願った。
「実は俺……ついこの間まで、この世界によく似ているが、とても過酷で、ひどい戦争状態にある異世界の日本に行っていたんだ……」
めぐは相変わらず真剣な様子で側にいてくれている。
俺は躊躇うことなく、異世界での3年間の話をし始める。
最初は苦しかったが、結果としてはとても楽しかった訓練兵時代。
唐突に訪れた皆との別れと、北海道への敗走。
そして俺自身の、あの異世界で迎えた最期の瞬間を。
だが、どうしても"異世界のめぐ"との関係や、彼女の最期は言えなかった。
幾ら異世界の、別の存在とはいえ、その話を聞かせるのはどうかと考えてしまったからだ。
「……俺が大きく変わったのは、そういうことなんだ……」
全てを話し終えた頃、自分自身が涙をこぼしていたことに気がついた。
「そう……大変だったんだね。お疲れ様……」
そんな俺をめぐは自分から引き寄せ、優しく頭を抱えてくれる。
「学園祭の山碕の事故、そして今日の井出さんの海難事故も、もしかしたら異世界から戻った俺が引き寄せたものかもしれないんだ……それだけじゃない……敵がいつも緑の中にいたから、俺、怖いんだ……居ないとはわかっていても、あいつらが、またみんなを……みんなを……!」
甘えても良いのだと思った。
めぐは必死に、俺の荒唐無稽な話を受け止めようとしてくれているのがひしひしと伝わったからだ。
「大丈夫だよ。こっちの世界にそんなこと起こらないよ。安心していいんだよ」
「うっ……うっ……ひくっ……めぐぅ……!」
「一つ、聞いても良い?」
「なに……?」
「あっちの世界に……私はいたの?」
めぐの問いにどきりと心臓が鳴った。
「それは……」
「教えて?」
答えたくはなかった。
しかし、俺の心は"知って欲しい"という気持ちに駆られてしまった。
「いた……」
「そっか! 私だけ仲間はずれじゃなくて、良かった……じゃあ……その……あっちでの私としゅうちゃんは……?」
「仲は良かった……最終的に俺は、隊長だった君を、副隊長として支えていた……」
「そうなんだ! じゃあ一緒! こっちでも一緒だね! 嬉しい!」
明るいめぐの言葉が、疲れ果てた心と体へ染み入っていった。
今の言い方は、おそらく敢えて明るく言ったのだ。
地頭の良いめぐなのだから、話の流れから、異世界に存在していた自分の末路が予感できているに違いない。
だが、そんな衝撃的なことがわかっていても、彼女は俺を元気づけようとし、明るく振る舞ってくれている。
その気持ちが嬉しくてたまらない。
その喜びは、急激に俺のから力を抜いて行く。
「今のしゅうちゃんは、本当に私たちよりもお兄さんだったんだね。三つも上の、もう大人なお兄さん……だから、すごく頼りがいがあったんだね……」
めぐはまるで母親のように俺の頭を抱きながら、優しく髪を撫でてくれる。
こうされたのは、異世界での小樽での逃亡生活以来で、喜びと同時に胸が詰まった。
「頼りがいだなんて、そんな……いま、こんなにも泣いてしまってるし……」
「お兄さんだって、そういう時はあると思うよ。泣いたからって、情けないなんて思わないし……逆に嬉しい……」
「嬉しい……?」
「だって、こうしてしゅちゃんが、私の前だけで、色々お話して、泣いてくれてるのって、信頼してくれてるからでしょ? ちゃんと君の中に私って存在がちゃんと根付いてくれるんだなぁって……それがすごく嬉しい……」
それは俺も同じ気持ちだった。
めぐにはなにもかもをも晒してしまった。
たった一つの秘め事――彼女への強い想いを除いては。
今がその時なのかもしれない。
そうしたい気持ちは山々だった。
だが、その意思を溶かすがごとく、どんどん眠気が襲ってきて、そして……
「しゅうちゃん……?」
「すぅー……すぅー……」
「ゆっくりおやすみ……もう君1人で抱える必要はないよ。私は君のために頑張るよ。約束するよ」
「すぅー……」
「でも……井出さんがあんなことになって不謹慎かもしれないけど……君が井出さんへ人工呼吸している時、少し嫌だなって思っちゃったんだ……ごめんなさい……」
「すうー……すぅー……めぐ……」
「今日難しい状況になっちゃったけど、近いうちに私、もっと勇気出すね。君から人工呼吸じゃない、ああいうことをしてもらるように……だから小さい時から抱いていたこの気持ちを、ちゃんと起きている君へ伝えるね……」
「……」
「その前にちょっと練習させて…………いざという時、いつもようにおどおどしたくなから……すぅーはぁー……い、行くよ……!」
「…………」
「しゅうちゃん! わ、私ね、君のことが……だ、大好きだよ……! ようやく巡り会えた君と、ずっと、ずっと、ずっと一緒にいたいよ……!」
ーー気がつけば、俺はめぐに連れられて、住まいのマンションへと戻っていた。
こうして、様々な波乱が起こった夏キャンプは終了を迎える。
そして翌日から、俺の側から"めぐ"が消えたのだった。