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異世界の因果を克服する方法

「実はアンタの知らないところで、ユキや翠は結構危ない場面に出会っているの。2人だけじゃない……私と関係が深く、更にあの"クソみたいな異世界"でも関係のあった人たちは特に……まさかまたこんなことが起こるだなんて……」


白石さんは明確な怒りを滲ませつつも、静かに言葉を紡いだ。


「"またこんなことが起こる"……? ということは、白石さんは何度もこんなことを……?


「ええ……。信じられないかもしれないけど2回めよ。その時影響を受けていたのは私自身で、しかもタイムリープなんていう、おまけつき……」


 意外すぎる白石さんの告白に、俺は唖然としてしまう。

すると白石さんは苦笑いを浮かべつつ「とりあえず、全部話すわね」と話を続けた。


「昔の私は"暴君"のような本当にクソみたいな女だった。男を弄ぶような最低なクソガキだったわ。その罰なのか、私は煉獄ともいえる時間を延々と繰り返す羽目になったわ」


 白石さんはまるで、過去の自分を悔いるかのように、空になったビールの缶を握りつぶす。


「でも、ふとした瞬間に気づいたの。もしかしてこの繰り返しは、私自身が、記憶の中にある自分の存在に囚われ、引き寄せているのではないかと」


「……」


「よく、『夢を強く信じることで願望が実現する』っていう人がいるじゃない? これって、もしかすると"とある異世界で成功した自分を想像することで、その世界から因果を引き寄せている"ということじゃないか、と考えたのよ。その逆もまた然り……悪いことが立て続けに起こったりするのは、そういうことを想像してしまう私自身が"異なる世界からそうした事象"を引き寄せてしまうのではないかと……」


 想像することで、引き寄せる。

たしかにここ最近の俺は、PTSDのためか、異世界での嫌なの場面を多々思い出すようになっていた。

そしてそれからだ。立て続けに、妙なことが起こり始めたのは。


「だから私はあえて"幸せな自分を想像することにした"。本当に好きだったものを取り戻して、自分を変え、"今"を生きることにした。そしたらね、本当に世界が変わったのよ。そしてようやく、クソみたいなタイムリープから抜け出すことができた。でも、私は、また異世界転移なんて、アホみたいなことに巻き込まれて、こんなことに……しかも今度は、ユキや翠に影響が……もちろん、2人は気づいていないみたいだけど……」


 すでに白石さんの手の中では、空になったビールの缶がぐしゃぐしゃに潰れている。

一見すると、怒りに満ちた様子なのだが……その中に俺は"希望"のようなものを感じ取とる。


「だから今度も同じようなことをすると決めたわ。あの"アホな異世界の記憶"を意図的に意識せず、帰還することができた"幸せな元の世界"へ目を向けるって。そしたら段々と状況は改善していったわ。以前と比べると、ユキや翠に悪いことがあまり起こらなくなった。まぁ、まだ少し不安が残るから、こうしてこっそり2人のことをつけ回したりはしているけど……」


「つまり、"異世界の因果の影響"を食い止めるためには、"あの世界のことを極力考えず、今に目を向ける"ということでしょうか……?」


 俺は自分なりの解答を口にする。

すると白石さんは、首肯を返してくれた。


「しかし、そんなこと簡単には……」


 何度も意識しないようには試みたりした。

だが、嫌なことほど深く根付いてしまうのは、虐めを受けた経験があるからこそ、よくわかる経験だった。


「そうね、1人では簡単じゃないわよね。しかもアンタは、どんなにしっかりしてそうに見えたって、ただのガキ……だから誰かの助けが必要だと思う」


「となると、その役目を白石さんが……?」


「バカ! 甘えるんじゃないわよ! こっちだって自分のことで手一杯よ! それに私はガキになんて興味ないわ!」


 懐かしい辛辣な言葉だった。

だからこそ、俺は今目の前にいるのが、同じ異世界転移者であり、さまざまなことを教えてくれた恩人の"白石さん"であるとより強く認識することができたのだった。


「嫌なことを思い出さない、想像しない……だったら、自分の気持ちを、その逆の感情で埋めてしまえば良いの。楽しく、幸せで、心地よい感覚を……もしも、私が建てた仮説が正しければ、その気持ちは"異なる世界から良い因果"を引き寄せるはずよ。そして、アンタには明確にそういう感情を湧き立たせてくれる存在が、そばにいるじゃない!」


ーー良い因果を引き寄せるような、幸せをくれる存在。

そう聞いて、真っ先に浮かんだのが"めぐ"の姿だった。


俺は"めぐ"と再会し"異世界の彼女との幸せな場面"を思い出すことで、今の彼女との関係を深めていった。

だから、おそらく、白石さんが俺へ伝えたいことはつまり……!


「良かったわね、恵ちゃんとまたこの世界で再会できて! あの子の存在がきっと、アンタの周囲や、アンタ自身を救ってくれるはずよ!」


 白石さんは明るくそういうと、飲み干した酒の缶を俺へ投げ渡してくる。


「実はこの妙な状況が起こり始めてからね、意図的にアンタのことを想像するようにしていたのよ。もしも、元の世界で会うことができたら、色々教えてやりたいって! イレギュラーな存在同士、助け合いたいってね! で、結果、ご都合展開よろしく、こうして伝えることができたってわけ! これも、私の仮説の成功事例の一つね!」


「はい……! 本当に……本当にありがとうございます! とても助かりました!」


「いえいえ。この世界は本当に素晴らしいわ。普通の食事ができる、酒が平気で飲める、コミケもあるし、大切な友達もいて簡単に死ぬことはない! 特に今のアンタには、変態行為を素直に受け入れてくれる、可愛くて良い子が側にいるじゃない!」


「な、なんのことでしょうか……?」


「とぼけちゃって! ジェットスキーをかっ飛ばしてる時、ちょろっと見えたのよ。岩陰で、あんたが、恵ちゃんの水着に齧り付いている姿をね!」


「あ、あれは、その! めぐが値札がつけっぱなしの水着を着ていたので仕方なく!」


「ふふ……頑張れ、若者! 楽しい高校時代をね!」


 そう言って白石さんは東屋から出て行く。

おそらく、まだキャンプサイトで明かりを焚いている林原先生と真白先生のところへ向かったのだろう。

その背中はとても幸せそうで、楽しげだった。


 きっと彼の方にとって、先生方はとても大事な友達なのだと理解する。


(白石さんも必死に異世界の因果と戦っている……だったら、俺も……!)


 もうキャンプが解散になってからかなりの時間が経っている。

めぐだってもう家に戻ってしまっているだろう。


(とりあえず、一報は入れておこう……心配しているだろうから……)


そう思いスマホを取り出すと、


「なっーー!?」


 スマホにはびっしりと"鮫島さん"のメッセージ通知が浮かんでいる。

恐る恐るアプリを開いてみると……



・ななみん

タコすけ! めぐみんを放っておくな!


・ななみん

もしまだキャンプ場にいるなら、いますぐ駅へ来い!


・ななみん

終電まで、めぐみんとそこで待っててあげるから!


(これはまずい……!)


 俺はキャンプ場を飛び出し、駅へ向かって行く。


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