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井出さんの命を救え!

「白石さん! 引き上げました!」


 俺は海中に沈みかけていた井出さんを抱き抱えた。


「ぶっ飛ばすわ! 井出も、アンタも落ちなよう気をつけなさいよ!」


 白石さんはフルスロットルで、黒いジェットスキーを爆走させる。

俺たちはあっという間に海岸へ辿り着く。

そして急いで井出さんを浜辺へ横たえた。


 とたん佐々木さんや加賀美さんなどといった騒ぎを聞きつけた人たちが、俺とぐったりしている井出さんを取り囲む。


「い、井出!? なんで!?」


「田端くん、何があったの!?」


「溺れてたところを見かけて救助した。必ず助けるから安心してくれ!」


 俺がぴしゃりとそう言い放つと、佐々木さんや加賀美さんをはじめとしたギャラリーは、口を噤んだ。


 脇では白石さんが俺を信頼してか、スマホを耳に当てている。

口ぶりから救急へ連絡を取ってくれているのだろう。


(井出さんが意識を失って、まだそんなに時間は経っていない。救急車の算段も整っている。今だったらまだ間に合う……!)


 俺は井出さんのおでこに手を当てて、首を逸らせた。

顎を掴み、しっかりと気道を確保して、人工呼吸の準備を整える。


「ーーっ!?」


 その時、ギャラリーに混じっていた、めぐと視線が重なってしまった。

そのため、一瞬のためらいが生じる。

 いくら人工呼吸のためとはいえ、他の女性と唇を合わせている場面を、めぐに見られたくなかったからだ。


(めぐにこの状況を見られたくない……でも、今は、そんなことで躊躇っている場合じゃない! 井出さんの命がかかってるんだ!)


 自分へ強くそう言い聞かせて、躊躇いを捨てさる。

そして井出さんの口を自分の口で覆い、人工呼吸を開始する。


「きゃっ!」


 と、後ろから佐々木さんと思しき、黄色い声が聞こえてきた。

俺が井出さんと口を合わせたのが原因なのだろう。


「黙りなさい! 命がかかってる大事な場面なのよ! ふざけないで!」


すると、病院へ連絡をとってくれていた白石さんが、佐々木さんへ厳しい声を放ち、黙らせた。


(俺も異世界での人工呼吸の訓練の時は、さっきの佐々木さんのようなリアクションをとって、皆にこうして怒られたよな……)


 しかも相手がまだ仲良くなる前の、めぐ……彼女を"橘訓練兵"と呼んでいた頃だ。


(でもあの時、異世界のめぐや皆が、俺のことをしっかりと叱ってくれたから今がある! 井出さんは必ず助けてみせる!)


 俺はただひたすら、井出さんが助かってほしい一心で、人工呼吸を繰り返す。


(井出さん、帰ってきてくれ! 頼むっ)


 俺は何度も、彼女の肺へ呼気を送り込んでゆく。


やがて、


「うぐっ……かはっ! げほっ、げほっ!」


井出さんは飲み込んだ海水を吹き出しつつ、咳き込んだ。


「や、やった! 成功だ!」


 周囲からは安堵の声があがる。


「はぁ……はぁ……た、田端、くん……?」


 井出さんは胡乱げな眼差しながら、俺のことがきちんと認識できるほど回復しているらしい。


「よく頑張ったな、偉いぞ。もう大丈夫だ。まもなく救急車がやってくるはずだ」


 少しでも井出さんが安心できるような言葉を投げかけた。


「田端くん……」


「どうした? どこか苦しいのか?」


「ううん……ありがとう……助けて、くれて……」


 井出さんは自分の唇へ手を当てつつ、安堵のような表情を浮かべている。

顔が少し赤いのは咳き込んだためだろう。血色が戻って本当に良かったと思う。


そしてちょうど、白石さんが救急隊を引き連れ、こちらへ向かってきているのが見えたのだった。



●●●



ーー結局、井出さんの海難事故の影響で、夏キャンプは中止となり、皆は帰路へつく羽目となった。


 のちに聞いた話によると、井出さんは佐々木さんと加賀美さんがナンパを始めたということで、それには加わらず一人で泳いでいたところ、突然足を攣ってしまい、あのような状況に陥ってしまったらしい。


 俺と白石さんは駆けつけた警察や、メディア、駆けつけた井出さんのご両親へ状況の説明などするため、その場に残り続けていた。そして気がつけば陽が沈んでしまうという頃あいとなっていた。


 だが、俺は帰路へつかなかった。

どうしても今でないと確認できないことがあったからだった。


「姫ちゃん、うちの生徒のことを助けてくれてありがとね……」


「まさか、ユキや翠の生徒さんたちだったなんて……2人とも、とんだ休暇になっちゃったわね」


「姫子、本当に感謝しているわ。ありがとう……」


 キャンプ場には予想通り、白石さん、林原先生、真白先生の三人が残っていた。


(やはり元の世界でも、白石さんは林原先生と真白先生の知り合いだったか……)


すると、俺の姿を見つけるや否や、林原先生がこちらへ飛んでくる。


「田端くん! 本当にありがとう! あなたの方は何事もない? 大丈夫?」


 林原先生はかなりナーバスになっているようで、しつこく俺が無事かどうかを問いかけてくる。

普段はちゃちゃを入れがちな真白先生も、今回ばかりは黙り込んでいる。


「あらら〜? 翠って、年下好みだっけ?」


 すると何故か、"メガネ"をかけた白石さんがちゃちゃを入れてきた。

白石さんはそこ知れぬ考えのお持ちな方なので、この介入には絶対に何か意味があるはずだと判断する。


「ちょ、ちょっと、姫子! 私は生徒にそんな気持ちは……」


「久しぶりね、田端 宗兵くん。元気だったかしら?」


白石さんは林原先生を押し退けて、会話に割り込んでくる。

そしてどうやら俺と"親しい間がら"であることを、アピールしたいらしい。


「お、お久しぶりです、白石さん……」


「え? ええ!? 姫ちゃんと田端くんって知り合いだったの!?」


真白先生が驚きの声を上げた。

白石さんの狙い通り、話題の中心が"白石さんと俺の関係性"へすりかわる。


「そうなのぉ! この子ね、夏コミとか冬コミで、いっつも協力してくれる子なの!」


ーー白石さんからのコードを確認。

この人が"夏コミ"と口にしたときは2人きりで話がしたいという合図。

さらにそこへ"冬コミ"が加われば、可及的速やかに、というメッセージとなる。


 異世界にいた頃の俺と白石さんは、あの世界に存在しない"コミケ"という言葉を用いて、ある種の暗号通信を行っていたのだ。


「と、いうわけで、ちょっとこの子借りるわね〜。夏コミの打ち合わせしたいから! 行くわよ」


「は、はい! 先生方、これで失礼します!」


 白石さんは唖然とする林原先生と真白先生を捨て置いて、俺の腕を無理やり掴み、キャンプ場の奥にある東屋へ引き摺り込んだ。

しかも缶ビールと、缶入りのワインを持ったままである。


「飲む?」


白石さんは話し出す前に、俺へ缶ビールを差し出してきた。


「いえ、その……元の世界の俺はまだ高校生でして……」


「ああ、そうなの? 可哀想ね。それじゃ、こっちは遠慮なく! しっかし元の世界ってほんと、モノに溢れるわよね。缶入りの、しかもワインが簡単に手に入るのだもの」


「あの……あなたは、本当に、白石特務中尉でしょうか?」


 白石さんはあっという間に"ランブルスコ"という缶入りの赤のスパークリングワインの飲み干しした上で、「そうよ」と応えるのだった。


「まさかまたお会いできるなどとは思っていなくて……ご無事でなによりです!」


「こっちもよ。同じ境遇の者として、またこちらで会えたことを嬉しく思っているわ。そして、たぶんこうなったのも"異世界の因果"が影響している」


「っ!?」


「そのリアクション……やっぱり、あなたもなのね……あっちの井出は、たしかペストの大群に押し流されて、海でMIAとなったわよね……」


白石さんは2本目の缶ビールを嚥下しつつ、呆れたように呟く。


「ここに私が存在しているのは、偶然でもなんでもないわ。私はここ最近ずっと、ユキと翠に"異世界の因果"の影響が出ないか、どうか確認するために行動しているのだもの……」


ーーやはりこの方は、この不可思議な現象を的確に把握している。

俺は白石さんの話に耳を傾けてゆくのだった。


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