半分を背負ってもらう
「焚火っていいな。はまりそう!」
「そうか? ならよかった」
俺と蒼太は焚火台を使って、火を囲み、二人きりで夜空を見上げている。
こうして火をおこし、安全に管理できるのも、異世界での生活があったからだった。
「おー、あっちも遅い時間なのに結構盛り上がってるなぁ」
蒼太は少し離れたところにある、明かりのついたテントをみてそう言った。
どうやらめぐと鮫島さんは、加賀美さんを含めた女子グループと盛り上がっているらしい。
これまで鮫島さん以外とは割と距離を置きがちだっためぐには、いい機会なのかもしれない。
そしてそんな絶好な機会だからこそ、今回のキャンプの時に限っては、俺は多少めぐから距離を置いた方がいいのかもしれない。
様々なことが重なり、ナーバスになりがちな今の俺は、めぐの側にいない方が、彼女のためにも……。
「なぁ、シュウ。もしかしてお前、橘さんと何かあったか?」
ふと、蒼太が見透かしたかのように聞いてくる。
「どうしてそう思う?」
「なんか、ここに来てからお前ら、いつもより距離があるなって思ってな」
さすがは親友だと思った。
だが、きっと俺の悩みを話したところで、いくら蒼太でも正しく理解してくれるかどうか。
それに根がとても優しい蒼太のことだから、真正面から相談してしまえば、鮫島さんそっちのけで、俺のことを構いだすだろう。付き合い始めたばかりの二人へ、俺のことで迷惑をかけるのはどうかと思う節がある。
「少しその夏バテ気味で……だから、距離があるように見えるのかもしれない。何もないから安心してくれ」
そう答える。だが、蒼太は納得しがたい表情をしている。
「あのさシュウ、一つだけ言わせてくれ」
「な、なんだ急に?」
「女って、結構、つか、かなり寂しがり屋なんだわ。それだけはよく覚えておけよ」
蒼太は夜空を見上げつつ、言葉を続ける。
「七海ってさ、付き合ってからさ、めっちゃ甘えてくるようになったんよ。それこそ、時々、うぜぇ!って思うくらい。店で忙しい時とかは、ちょっと困っちまう時だってある」
「……」
「でもやっぱさ、そうは思っても可愛いんだわ。そんだけ俺みたいなやつを好きでいてくれてるってことだし。俺も、アイツのこと大好きだし。だから、どんなに今、自分が大変だからって、アイツのことを蔑ろにしようなんて微塵も思わない」
そう語る蒼太の横顔はとても輝いていて、とても幸せそうで。
何よりも、大切な人を思いやる、強い男の横顔だと感じる。
「だからさ、お前が今何を抱えてるかは知らねぇけど、そのために橘さんと距離を置こうってのは言語道断だ。やっちゃいけねぇ」
「……」
「それでもどうしてもって、思うのならお前の抱えてるそれの半分を背負ってもらえ」
「背負ってもらう……?」
「おう。実はここだけの話な、七海のやつ、最近店を手伝ってくれんだよ。アイツなりに、俺のやりたいことを手伝ってくれてるんだわ。お母さんも昔から知ってる七海だから喜んでくれてるし、俺自身も助かってるし。おまけに二人の時間も作れて、一石二鳥だ!」
「……」
「って、こりゃ正式なカップル向けのお説教だったな! お前らは、ただの友達だったよなぁ?」
蒼太はからかうような言葉で、話を締めくくる。
きっと、蒼太なりの配慮なのだろう。
そしてそんな親友からの心遣いがとても嬉しかった。
「てか、お前ら実際どうなのよ?」
「それは……」
「彼氏彼女になるっていいぞ。なんてったって……エロいことができる!」
「お前な……まさか、俺以外に、そういうことは言っていないよな? 知れたら鮫島さんが傷つくぞ?」
「い、言ってねぇよ! てか、こんなことお前以外に言うか!」
蒼太はとても動揺した様子でエナジードリングを飲み干す。
「でもさ、やっぱいいもんだよ、彼女って。友達とか、幼馴染とかじゃ想像できない気持ちが感じられる。これは確かだ」
「……」
「エロいことだってさ、体が気持ちいいよりも、心が気持ちいいんだわ。俺、大好きな七海と身体をも繋がってるなって。それがすごく嬉しいんだわ!」
未だ、俺はその感覚を知らずにいる。
だが、蒼太の言葉から、それがどれほど尊いものかは、自然と理解ができた。
寂しさや、不安を埋めるために快楽を得るのではない。
純粋に相手を知り、慈しむ……そんな行為に、俺は憧れている。
“異世界のめぐ”とは、結局最期まで、そうした関係になれなかったのだから……。
「と、まぁ、こんな感じ! だからあんまし、橘さんを悲しませるようなことすんじゃねぇぞ。もしもあの子がお前のせいで泣こうもんなら、俺と七海がてめぇをぶっ潰す」
ぶっ潰すの言葉は割と本気に聞こえた。
「わかった。ありがとう、蒼太……少し胸のつっかえが取れた気がする」
「そっか、ならよかった。俺はもう寝るけど、お前は?」
「もう少し、ここで。火を完全に消さないといけないからな」
「そっか。んじゃ、お先に。明日の海、楽しもうぜ!」
そういって蒼太はテントへ戻ってゆく。
俺は火を消し、赤々と燃える炭を眺めながら、親友からもらった言葉を反芻し続ける。
(半分を背負ってもらうか……)
本当にそうした方が良いのかもしれない。
そうすることで、俺とめぐは更に前へ進めるようになる。
今最も側いる、橘 恵という女の子の笑顔がもっと見られるようになるのではないかと。
「頑張るか……!」
理解してもらえるかどうかの不安はまだある。
だが、このまま悶々とし続けるのは、この場で終わりにしよう。
そう俺は決意を結ぶ。