恵の決断(恵視点)
「七海ちゃんには何を聞こうかなぁ?」
「お手柔らかに頼むよ〜」
キャンプ1日目の夜。
恵と七海のテントへ、加賀美さんら女子グループが遊びにやってくる。
そして唐突に王様ゲーム風のぶっちゃけトークゲームが始まっていたのである。
ちなみに現在、加賀美さんが王様で、七海がぶっちゃける番であった。
「じゃあ、ぶっちゃけ……"した"? 貝塚くんと!」
王様役である加賀美さんの発言に、皆は色めき立つ。
「え……? そ、それ聞く……?」
「聞く聞く! なんでも言うのがルールなんだから!」
「えっとぉ……」
「ほらほら!」
「し、しました……先週、初めて……」
いつも元気な七海が顔を真っ赤に染めながら消え入りそうな声でそういう。
すると、加賀美さんらは、黄色い歓声を上げ始めた。
「痛いの!? どうなの!?」
「ちょ、ちょっとたんま! ぶっちゃけは一個だけでしょ!?」
「いーじゃん、流れで! 未経験なウチらにご教授を! 七海さま!」
だが、そうして盛り上がる輪の中で、恵は1人上の空だった。
彼女はずっと、昼間の宗兵とのやりとりがなんだったのかを、ひたすら考えていたからだった。
(どうしていきなり先生の旦那さんのことを聞いてきたのかな……)
そして、亡くなったと聞かされた時、とても悲しそうな顔をしていたような気がする。
しかし彼の不可解な点は、それだけではなかった。
今日の怪我はたかが包丁で指先をほんの少し切っただけである。
しかし宗兵はまるで恵が大怪我を負ったかのように慌て、そしてずっと側にいてくれた。
そのこと自体はとても嬉しいことだったのだが……
(最近のしゅうちゃんはどこかおかしい……)
夏休みが始まってからというもの、宗兵はどこか元気がないような気がしていた。
行きの電車の中でも、彼はすごく辛そうな顔をしていた。
思い返してみれば、宗兵は時折、遠くをみつつとても苦しそうな、悲しそうな表情を浮かべることがあった。
夏休みから、今日までの時間で、恵はそんな顔をする宗兵を高い頻度で見かけていたのだ。
「でさ、ぶっちゃけ恵ちゃんはどうなのよ?」
「ん……はぇ!?」
突然、加賀美さんに話題を振られて、恵は間抜けな声をあげてしまう。
「ほらほら、こういう機会なんだから言っちゃいなよ! どーなの?」
「あ、えっと、ど、どうって……な、なに……!?」
「もう、誤魔化しちゃってぇ! 田端くんとのことだよ!」
「あ、あ、えっとぉ……」
「はい、そこまでっ!」
と、困っている恵へ、七海が割って入った。
「ゲーム以外でそういうのを聞くのはルール違反じゃーん! もしめぐみんにそういうことを聞きたいのなら、ちゃーんと負かさないと面白くないよー」
「たしかにそれもそうだねぇ……じゃあ、恵ちゃん、覚悟して貰うから! 今日こそは洗いざらいぶっちゃけて貰うからね!」
「あ、あうっ……おてやわからに……」
ーー結局、このゲームにおいて、恵は負けず、一つもぶっちゃけずに済み、解散となるのだった。
「秘密守れてよかったね」
散会となり、就寝しようとした時のこと、ふと隣で寝転んでいる七海がそう言ってきた。
「うん……さっきは、守ってくれてありがと……」
「いえいえ。あと、加賀美さんも要注意ね。あの子もたばっち狙いだから!」
「……」
「ねぇ……めぐみん……」
不意に七海の真面目な声音が耳朶を打つ。
「ウチの勘違いだったら、アレなんだけど……もしかして、たばっちとなんかあった? なんか珍しくBBQの時もよそよそしかったように見えたし……」
「それは……」
「聞かせてくれたら嬉しいな、なんて思ってたり……」
これまで恵には、心の底から信頼できる友達は1人もいなかった。
転校が多かったこともある。
しかし1番の原因は、異様にモテる恵へ、周囲から時折寄せられる嫉妬心が原因だった。
たとえ目の前の相手が笑顔を浮かべていたとしても、本心は何を考えているのか分からない。
だからこそ、恵はこれまで上部だけの付き合いを繰り返し、結果、信用できる人が父親以外に存在してはいなかった。
でも、今隣にいる鮫島 七海は、恵にとって初めて素直な自分を曝け出せる存在だった。
七海は恵にとって、生まれて初めてできた親友だった。
出会った時から、不思議と運命めいたものを感じた、不思議な人だった。
「……わかんない、の……」
恵は勇気を振り絞り、ただ一言、素直な言葉を露呈する。
「たばっちのことが?」
短く分かりずらい恵の言葉を、七海はまるで宗兵のように掬い答えてくれた。
そのことをとてもありがたいと恵は感じている。
だからこそ、勝手に言葉が続くのだった。
「……なんだかしゅうちゃん、ここ最近、ずっと元気ない……でも、それがなんなのか、よく分からなくて……だからどうしたら良いのかも……」
「直接、聞くわけには行かないの?」
「聞いても、たぶん……"大丈夫"って言われちゃう……」
「だよなぁ……たばっち、そういうところあるからなぁ……」
無理やり聞き出したところで、彼よりも遥に子供な自分では何かをしてあげるのは非常に難しいと思った。
でも、彼のために何かをしたいという気持ちはしっかりと存在しているのは確かなことだった。
「だったらもうさ……好きにしちゃえば?」
気がつくと、七海は恵の目を見つつ、そう言っていた。
「好きにっ、て……?」
「言葉通り! もう、ぐじぐじしている男なんてめんどくさーい! って思ったのならそれで良いと思うし! めぐみんは、めぐみんなんだから、自分の好きなようにするのが1番良いって!」
「そ、それは……え、えっと……」
七海の意外すぎる言葉に、恵は戸惑いを覚えた。
そんな彼女の様子を見たからなのか、七海はほうぅと一呼吸おくのだった。
「蒼ちゃんってさ、ちっさい頃から、結構子供で、わがままで、朴念仁なの。その度にウチ"もう勝手にしろ〜! ウチはウチの道をゆく〜!"って思ってた」
「……」
「でもさ、そう思って行動しても、気づいたらウチ、アイツの側にいちゃうの。アイツのことばっか考えちゃってさ……これも惚れた弱みってやつだよね……まぁ、アイツ、最終的にはちゃんと謝ってくれるし! 察しがいいのか、悪いのかよくわかんないけど……でも、そういうところが逆に可愛いって思ったり……って、ごめん、惚気たわ!」
七海はニカッと笑みを浮かべる。
その笑顔は恵の中で渦巻いていた、悩みの渦へ、一筋の光明を与えたような気がしてならない。
「まぁ、めぐみんがなにをするにしたって、ウチはそれを全力で応援するし、協力するから! なんてったって、ウチらは"戦友"だからね!」
戦友……きっと、七海は学園祭での出来事を指して、そう言っているのであろう。
しかしなぜか恵には、別の意味での"戦友"に聞こえて仕方がない。
どうして、そう思ったのかは、分からず仕舞いであったが……
「ありが、とう……ななみん……」
恵は七海の手を握りつつ、お礼をいう。
すると七海は、その手をしっかりと握り返してきてくれる。
「明日の海、いっぱい楽しもうね! そいじゃ、おやすみ〜」
「うん、おやすみ……」
七海が寝静まったあと、恵は1人天井を眺めつつ考え始めた。
好きに行動する……そのことを必死に考えながら……。
そして早速行動に移ることにし、バッグの中から、明日の海遊びで着ようとしていた水着を取り出す。
体のラインを見られるのが恥ずかしいと思い購入した、ワンピース型で、無難な黒色の水着。
恵はそれを綺麗にたたみ、ビニール袋へ入れた。
「ごめんね……一度も着てあげられなくて……」
恵はキャンプ場のゴミ捨て場へ置いた水着へそう謝罪を述べ、立ち上がる。
そしてスマホにて、24時間営業の"新しい水着"が売っていそうな場所を調べ始めたのだった。