学校でもお隣さんに!
「席も隣だなんて、す、すごい偶然、ですね!」
「"田端"と"橘"は、同じ"た行の始まり"だからだろうな」
俺がそう返すと、橘さんは首を傾げた。
「出席番号が近くなるだろ? で、この席は出席番号順に並んでいる。よって隣同士になる可能性は非常に高い」
「あ! た、たしかにっ! 田端くん、って、結構鋭い、ですね……?」
「大したことじゃないと思うが」
「私、わかんなかったです! だから、素直にすごいですっ!」
この程度でここまで褒められると、逆に恥ずかしいものがあった。
「そ、それじゃ! こ、今年、一年よろしくお願いします……!」
橘さんは少し恥ずかしそうに、しかし結構嬉しそうに頬を緩ませながら言ってきた。
そんな愛らしい橘さんの表情は、俺の胸を強く高鳴らせる。
「あ、ああ! よ、よろしく!」
このまま彼女を見つめていると、今朝見た悪夢の影響もあって、泣き出してしまいそうだった。
さすがにこの場で泣くのは、どう考えてキモいと思う。
と言うわけで、俺は挨拶のあと、それとなしに橘さんから視線を外し、窓の外へ視線を移した。
「……」
右肩辺りに強い視線を感じた。
この視線はきっと橘さんからだ。
(俺と話がしたいのか? おそらく……?)
やがて肩に寄せられていた橘さんの視線が外れた気がした。
「はぁ……」
僅かな嘆息が聞こえたような気もする。
せっかくこうして同じクラスで、しかも一時とはいえ隣の席になれたことだし……
「昨夜は、何故あんな時間に出歩いてたんだ?」
橘さんの綺麗な横顔へそう問いかける。
「……へ!?」
ややあって、彼女は驚いたようにこちらを振り返るのだった。
どうやらこちらから話しかけてくるとは予想していなかったらしい。
「すまない、急に話しかけて。昨夜、なんであんな時間に出歩いていたのか気になって……」
「え、あ! ええっと! その……お買い物がしたくて……スパイスの……」
「スパイス?」
「ガラムマサラとコリアンダー、あとシナモン……」
初めて聞く横文字単語に俺が首を傾げていると、橘さんは「カレーに使うスパイス」だと教えてくれた。
「本格的なんだな」
「わ、私ね、市販のカレールーが苦手、です……だから自分で作ってて……でも、スパイスとか売ってるお店、あんまりなくて……だから……」
「ショートカットでもしようと思って、あんな場所へ踏み込んだのか?」
橘さんは小動物のように首を縦に振る。
「いくら急いでたからって、夜にあそこを通るのはよくないと思うが」
「反省してます……ありがとうございました……」
「別に責めてるわけじゃない。あまり気にしないでくれると嬉しい」
「ありがとうございます。あの、それで……!」
橘さんはすごく素早い動作で鞄を弄る。
「き、昨日焼いたものだけど……良ければ……!」
橘さんは俺へ、綺麗にラッピングされたクッキーを両手で差し出してきた。
「良いのか? 貰っても?」
「迷惑、ですか……?」
「全然。ただちょっと驚いただけで」
「驚き?」
「同級生の、しかも女の子から、こうしたプレゼントを貰うの初めてなので」
「意外、です」
「意外?」
「田端くんって、その……こういうのには、慣れているのかなって……」
橘さんは心底驚いた様子で、そう言った。
俺は橘さんから見て、どんな奴なのか気になってしかたがない。
「昨夜のことも……私の無茶振りにも、冷静に付き合ってくれたから……なんかすごく、大人な気がして……」
確かに異世界へ向かう前の俺だったら、かなりドギマギしては居ただろう。
でもあっちの世界で、良いも悪いも含めて、様々な経験をした。
だからコレぐらいのことでは、簡単に動揺しない強靭な精神性が培われたのだと思う。
それにーー
「素直に嬉しかったんだ。橘さんの気持ちが。たんぽぽオムライスも無茶苦茶美味しかったし。ほんと、昨夜はありがとう」
「逆にお礼言われてなんか不思議……!」
「そうか?」
ウンウンと頷く橘さんだった。
こういうリアクションをとるからこそ、皆は彼女のことを憎めないのである。
「あと、付け加えると俺はこういう状況に慣れては居ないし、実際心臓はバクバクだ」
「本当に……?」
「本当だ」
「じゃあ、そういうことにしておきます……」
「じゃあって……信じてくれ!」
「ふふ……」
笑う橘さんは本当に素敵で、忖度なしに可愛いと思った。
そして元の世界には、こうした彼女の笑顔を奪うものは何も存在しない。
あの出鱈目で、ご都合主義な、だけど人類だけにはめっぽう厳しい異世界とは違って……
「では、ありがたくクッキーを頂戴いたします」
「ど、どうぞ! お納めくださいっ!!」
こちらがふざけて恭しく受け取ると、橘さんも同じノリで、クッキーを渡してくれる。
異世界のめぐと同じく、こっちの橘さんも、こうして慣れれば意外とユーモアのセンスがあるのだと思った。
ふと橘さんは、クラスの他の同級生に呼ばれて席を立つ。
そして小声で、俺だけに聞こえるよう「ごめんなさい」といって、さらに「またあとでお話しましょう!」と重ね、同級生のところへ向かっていった。
そんな俺と橘さんのやり取りを、教室にいた男子があぜんとした様子で見ていたのだった。
(やけに周囲の視線が気になるな……まぁ、放っておこう……)
橘さんから頂いたクッキーは後でゆっくりいただこう。
そう考えと鞄にしまおうとしたその時のこと、
「よぉ、田端! なんだよそれ?」
嫌味な声が頭上から降り注いでくる。
視線を上げると、おそらく同じクラスなのだろう3人組の男子生徒が、いやらしい笑みを浮かべながら俺を見下ろしている。
彼らは確か……ええっと……