表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/123

異世界の影響(後半、恵視点)

「も、もう大丈夫だから……しゅうちゃんはみんなのところへ……」


 めぐは凄く申し訳なさそうにそう言ってくる。


「気にするな。こっちが最優先だ」


 俺はそう伝え、めぐの人差し指へ丁寧に包帯を巻き続けていた。

 ちなみにこれらの救急道具は、たまたま居合わせた林原先生と真白先生が用意してくださったものだ。



 怪我自体は大したことはなく、良かったと思っている。

しかし、どうしても俺はめぐの近くから離れられなかった。

おそらく、わずかでもめぐの体から溢れ出る"真っ赤な血"を見てしまったからだろう。




ーー降り頻る雪を真っ赤に染めてしまうほど、"異世界のめぐ"の最期は凄惨なものだった。


俺は何度も、彼女の体から止めどもなく溢れ出る血を止めようと必死だった。


だけど出血は止まらず、めぐの顔色は雪のように白くなってゆき、やがてーー



 まさかこの程度の怪我で、あの凄惨な記憶を思い出してしまうなど、全く予想していなかった。

俺はただただ、不安を覚え、頭を抱えるばかりであった。


「しゅうちゃん……?」


気づくと"元の世界のめぐ"が、不安そうな視線を向けていたことに気がついた。


「すまない、少しぼぉっとしていた……」


「さ、さっきまで、みんなの間を走り回って、頑張ってたもんね……? 疲れちゃったんだよね……?」


「ああ……その……もし知っていたらだけど……」


 心臓が異様な鼓動を放っていた。

喉もカラカラに乾き、背中は冷や汗でぐっしょりと濡れている。

でも、もしもし、俺の知りたいことをめぐが知っているのならば……どうしても確認したことがあったのだ。


「な、なに……?」


「林原先生のことだが……旦那さんは、お元気なんだよな……?」


 林原先生は、大学時代に出会った"兼太 金太"さんという人を卒業後に婿養子へ迎えたしどり夫婦……という、噂話を耳にしたことがあった。


「え、えっと、それは……あの……」


 俺の問いに対して、めぐはあからさまに動揺した様子を見せている。


「亡くなったのか……?」


 意を決して問いを重ねる。


 めぐは…………静かに頭を振るのだった。


「いつのことなんだ!?」


「きょ、去年の冬に……事故で亡くなったって……私、去年も林原先生が担任だったから、みんなでお葬儀に……」


 言葉を失ってしまった。

何故ならば、俺の記憶の中では、"元の世界の林原先生の旦那さん"は、ご存命であるからだ。

対して"異世界の林原軍曹殿の旦那さん"は、俺があの世界へ転移するずっと以前に戦場で亡くなっていたという。


(どうして俺の中には相反する、林原先生の旦那さんの記憶が……? もしかすると、山碕の件と同様の現象なのか……?)

 

 6月の学園祭のとき、山崎は屋上の強固なフェンスが外れるといった、実に不可思議な事故を起こしていた。

そして"異世界の山崎"は、俺があの世界へ転移する少し前の総合技術評価試験の中において、崖から転落して死亡したという。


 このことから、もしかすると俺という存在が、良いも悪いも含めて、元の世界へ影響を及ぼしているのでは、と考えるようになっていた。

つまりなにかしらの作用で、俺という存在が【異世界の因果を、元に世界に持ち込んでいる】という……。


(まさか俺が異世界から帰還したから、先生の旦那さんは? いや、しかし……)


 俺自身、あの世界へ転移するまで、林原先生は担任でもなく、特に親しいわけでもなかった。

さらに山崎らからいじめを受けていたので、周囲のことなど気にする余裕がなかった。

だから、俺の記憶違いというのも十分に考えられる。


 だが、そうであると必死に思い込んでも、漠然とした感覚は拭い去れなかった。


「しゅうちゃん、大丈夫……?」


 めぐの不安げな表情が胸に突き刺さる。

 特に今は、めぐのこうした顔は見たくはない。

妙なことをたくさん思い浮かべてしまったのだから……。


「心配、ありがとう。やっぱり少し疲れているのかもな……はは……」


 俺はめぐへ精一杯の笑顔を送りつつそういった。


「休む?」


「いや、せっかくの機会だし……」


「で、でも……」


「本当、大丈夫だから。それにもし、俺が1人で休んでたら、めぐはずっと一緒にいてくれるだろ?」


「……」


 否定の言葉はなかった。

ただ、彼女は俺のことをじっと見つめているだけだった。


(せっかくの楽しい機会なんだ。めぐにも楽しんでもらいたしい、俺もみんなとの思い出が欲しい……)


「行こうか」


「う、うん……」


俺は気持ちを切り替え、めぐとともに皆の輪へ向かってゆく。


「橘さん! もう大丈夫ですか!?」


 俺とめぐが不在の間、なにかとみんなの世話を焼いてくれていた真白先生が声をかけてきた。


「めぐみーん! ウチが隣でくだらないこと言っちゃってたから! ごめんよぉ〜!」


と、鮫島さんはめぐを抱擁しつつ、必死に謝罪を述べていた。


「だ、大丈夫! ななみんのせいじゃないから…… ま、真白、先生も、お休みのところ、すみませんでした……」


「いえいえ、なってたって私、みんなの副担任ですもの! これぐらい当然……おっとぉ! みんなぁ〜待望のユーバーイーツが到着したよぉ!」


 傍には5台もの自転車を連らせた、ユーバーイーツの配達員さんの姿が。

どうやら真白先生は、ピザやアイスクリームなんかを、みんなのために取り寄せてくれていたらしい。


「ユキちゃん最高だな」


「なんかぁ〜ユキちゃんって、先生って気がしなよねぇ〜」


「わーん! 一応、先生ってくらいは思ってよぉ〜」


 わざとらしく嘆く真白先生をみて、皆は大爆笑だった。

 と、言った具合にいきなり現れたにもかかわらず、真白先生はみんなに受け入れられていたのだった。


 しかし、林原先生はというと、皆からきちんと距離を置き、陰で1人ビールを煽っていらっしゃった。

真白先生とは別の意味で、皆に気を使い、息を潜めているようだ。


 そんな林原先生の元へ、俺は歩み寄ってゆく。


「あら? もう落ち着いた?」


「はい。この度は休暇中にも関わらず、色々と面倒を見ていただきありがとうございました」


「こちらこそごめんね。バカユキが調子にのって……」


「みんな受け入れてるようですし、問題ありません」


「少し、元気がなさそうだけど大丈夫?」


 さすがは林原先生だと思った。

"異世界の林原軍曹殿"も、見ていないようで、実は人一倍、人のことをよく見ていて、心配りをしていた方だったと思いだす。


「先程は……余計なことを口走り、先生へ嫌な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」


 俺は最敬礼と共に、心をこめた謝罪を口にする。


「なんのこと?」


「いえ、その……だ、旦那さんのことを……俺、よく知らず、そのことを……」


「ああ……別にそのことは気にしてないわ。あたしだって、積極的にふれ回ってたわけじゃないし……」


「……」


「それに、それが事実だから……金ちゃんは、もう居ないんだから……」


 そう呟く、林原先生の顔は、とても悲しそうで、とても憂いに満ちていて……とても正面から拝める者ではなかった。


「せ、先生! なにか俺にできることはありませんか!?」


 もしかすると、俺という存在が、元の世界の林原先生へも影響を与えているかもしれない。

そう思うと、めぐとは"別の意味で大切"に思うこの方に、何かをしたいと思った結果の言葉だった。


「そうねぇ……だったら……田端 宗兵くん」


「はっ!」


「いますぐ、ここを離れて、みんなの輪に加わりキャンプを楽しみなさい」


「は……?」


「これは命令よ!」


 久々に聞いた懐かしい言葉の響きに、背筋が勝手に伸びた。


「はい、早く行く!」


「りょ、了解っ!」


 もはや俺は、この方の"命令"という言葉には、パブロフの犬の如くの反応をとってしまうようだ。


(しかし、この間の鮫島さんもだが、どうして林原先生も、俺へ"命令"という言葉を……? やはりこれは……)


●●●


ーーみんなの輪から遠いところで、しゅうちゃんと林原先生が話をしている。

 胸がざわついた。

でも、ざわつき方がいつもと違った。

私はしゅうちゃんの、表情がとても気になったのだ。


 橘 恵の目に田端宗兵という男の子は、常に冷静で、自信に満ちている人物だと映っている。

 でも、今はひどく何かに怯えているようで、とても悲しそうで……。



(まるで夢の中のしゅうちゃんみたい……小さい頃からずっと見ていた、あの夢の……)



 恵には誰にも相談のできないことがあった。

それは小さい頃から、頻繁に"不思議な夢を見る"ことだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ