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緑の中の記憶

『こ、こちらB小隊! ポイントFDにバインが……ぎやぁぁぁぁーーーー!!』


 マルチデバイスへ、同僚兵の断末魔が響き渡った。


最前衛メインヴァガード各機、メタルグラスソー展開! 速やかに雑草を駆逐せよ!』


 仲間の断末魔をかき消すように、貝塚 真珠大隊長の指令が飛ぶ。


俺たち最前衛のMOAは、速やかにその指示に従って、緑の巨大な森の中に現れた、ジュライの蔓の切除を開始する。


『フライ種ペスト感あり! 後方支援急げ!』


 通信の後、すぐさま機体内のレーダーが、無数のペストの反応を映し出す。


 すぐさま上空では後方支援用MOAによる、劣化ウラン弾での、フライ種ペストの掃討が開始されるのだった。



ーー一面緑に覆われた、ジャングルのようなジュライの支配区域……通称ダンジョン。

この緑の世界は、いつ、どこで、ジュライに襲われ、そして命を落としてもおかしく無い場所。

常に死が隣り合わせに存在する、狂気の世界。


 戦場に立っている時の俺は、アドレナリンが過剰分泌されているのか、興奮が恐怖を上回っていた。

しかし無事に帰投ができ、緊張がほぐれた途端、毎度お決まりのように押し寄せてくる"恐怖心"に苛まれる。


 そして俺は、いつしか、ダンジョン以外の緑を目にしただけで、身体の震えを覚えるようになってしまったのだった。

その影響で俺はミスを犯し、異世界のめぐを死に至らしめてしまったのだった。


★★★



「わー! 海ぃ! めぐみん、海だよぉ!」


「あ、あ、あんまり騒がないでっ! 恥ずかしい……」


 鮫島さんとめぐの楽しそうな声が、俺を悪夢から救い出してくれた。

 ちょうど、電車はトンネルを抜け、車窓には青一色の大海原が広がっている。

 俺はようやく電車が"森林地帯"を抜けてくれたことに、深く安堵しているのだった。


「おい、シュウ大丈夫か? 顔色悪そうだけど……」


隣の席の蒼太が心配げに俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、もう問題ない。ありがとう……」


俺は気持ちを落ち着けるため、海へ視線を寄せる。


(これがPTSDというやつなんだろうか……)


 心的外傷後ストレス障害ーー通称PTSD。

これは"衝撃的な出来事を体験した後、時間が経過してもなお、その時の記憶を無意識に思い出したり、夢にみたりすることなどが続き、日常生活に支障が出る"疾患だ。


 元の世界に帰還してからずっと、めぐや皆の死の場面を夢にみるといった、兆候はあった。

 当初はさほど重いものとは考えていなかったのだが……ここに来て、この疾患が重くなり始めているような気がしてならない。


 おそらく、こうなった原因が"森林"を目にしたことが大きいのだろう。


(大丈夫だ……元の世界の森林は元々そこにあるもので、ジュライが形成したダンジョンではない……)


 そう何度も自分へ言い聞かせ、気持ちの沈静化を図る。

だが、悪夢を見た手前、なかなか嫌な気持ちが収まらなかった。

 そんな中穏やかで、気持ちが落ち着く匂いが鼻を掠めてくる。


「あれ? めぐ……?」


「貝塚くんと、せ、席、変わってもらった……」


 気がつくと隣に座っていたのがめぐにになっていた。

そして先ほど感じた穏やかで落ち着く香りは、彼女が水筒から注いでくれた、紅茶からだった。


「いい匂いだな」


「カ、カモミールティー! "大地のリンゴ"を意味するギリシャ語のカマイメロンに由来した名前でね! アンゲリカ酸エステル類の芳香成分が中心で、ソフトでフルーティーなフローラル調の香りが特徴、ですっ! この香りのおかげで、とってもリラックスできると、思うよ……?」


「ありがとう……」


 めぐの優しい気持ちに心底感謝をしつつ、お茶を受け取り、口へ含んだ。


 確かにめぐの言う通り、とても癒される香りだった。


(このままじゃいけないよな……)


 今回のキャンプイベントに関して、突然のお誘いではあったものの、俺たちの他に12名ものクラスメイトが参加をしてくれたのだ。

しかも皆は"田端くんのお誘いだったら!"と、嬉しい言葉を添えつつ、承諾してくれたのである。


 どうやら俺は学園祭の一件から、皆にとても頼りにされているらしい。

だったら、そんなみんなの期待に応えたい。

俺自身も、この平和な元の世界で、夏の楽しい思い出をたくさん作りたい!


「元気出た……?」


「ああ! ありがとう。めぐのおかげだよ」


そうお礼を述べると、めぐは明るい笑顔を俺へ送ってくれるのだった。


ーー何よりも、側にはめぐがいる。

せっかくの機会なのだから、楽しい思い出をたくさん作りたいと切に願う俺だった。


●●●



「どうも、坊ちゃん! 待ってましたぜ!」


「だから、その坊ちゃんてのはやめろって!」


 蒼太の知り合いーー厳密に言えば白銀建設関係者ーーが経営しているという海沿いのキャンプ場について早々、既視感を覚える光景にでくわした。完全にジャガイモ畑の時と同じ展開だった。


 そして相変わらず蒼太の知り合いというのは、どの人も顔や体格にかなり迫力がある。


「あの管理人さん、雰囲気は怖いけど、お裁縫が得意なんだ。お家にたくさんの元野良猫ちゃんがいて、TNR活動にも熱心なんだって」


と、相変わらず蒼太の知り合いに怯えているめぐへ、鮫島さんは解説をしているのだった。


 ちなみにTNR活動とは野良猫を保護し、不妊・去勢手術を受けさせ、また元の場所へ戻すといった社会活動の一環である。


「しゅうちゃ……あうぅ……田端くん! い、いつものを!」


 めぐがそう促し、皆も一様に俺へ視線を向けていた。


 皆がそうお望みならば……!


「ぜーんいん、きをーつけぇーっ!」


 俺の声に呼応し、皆はピシッ!っと、背筋を伸ばしてくれた。


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