めぐと皆のおかげ
「きょ、今日のお昼は! この間、しゅうちゃんが好評してくれた茹でかたの素麺と、トウモロコシのかき揚げです!」
「いただきます」
ーー無事、期末試験も終わり夏休みを迎えた。
当然、めぐと俺は成績上位者なので、補修というものはなく、ゆったり夏休みを楽しめる状況だった
そして夏休みが始まってからというもの……
「こ、今夜はね、冷やし中華にしようと思うんだけど……しゅうちゃんは、どっち派?」
「俺は……ゴマだれ派だな」
「ッ! やった……おんなじ……!」
めぐは、俺の回答を聞いて心底嬉しそうな様子を見せた。
(良かった……正解だったか……)
なんとなくめぐの大好物であるロイヤルミルクティーとゴマだれが似ていると思い、答えた結果だった。
ちなみに……本当のことを言ってしまえば、俺は醤油だれでもゴマだれでも、どちらでも構わなかったりする。
と、今考えるべきことは、このことではなく……
「なぁ、めぐ」
「ん?」
「今夜も、やっぱりうちで過ごすつもりか?」
夏休みが始まってからというもの、めぐは日課となっている早朝ランニングから、夜に寝るまで、ほぼ毎日我が家に居る状況にある。
「あ、えっと……迷惑……?」
めぐはすごく悲しそうな顔で、そう聞いてきたので、「そういうわけじゃない」と落ち着いて返す。
「むしろ俺の方が悪いと思ってたり……三食きっちり用意してくれたりとか……めぐも自分の時間があったほうが良いかなと……」
「わ、私は、全然! 献立考えるの楽しいし……! それに、助かってるところも……」
「助かってる?」
「で、電気代とか……?」
今年の夏は、初っ端からかなり暑く、すでにエアコンをガンガン回している。
なるほど。確かに別々にエアコンを回すよりも、こちらでエアコンをかけ、2人で過ごし、その電気代を折半した方が安く上がるのは容易に想像できた。
「やっぱり……いつも居るのは、迷惑かな……」
めぐは俯き加減で、再び消え入りそうなこえでそう呟いた。
さすがにこれ以上、めぐの暗い表情は見たくないと思い「これからも、よろしくお願いします」と、少しライトな雰囲気で伝える。
「ほ、ほんと……?」
「すまない。変なこと聞いて。めぐさえ良ければ、好きなだけ居るといい」
「ありがとっ! 2人が来る前に、お片付けしちゃうねっ!」
めぐはぱぁっと明るい表情を浮かべると、楽しそうに昼食の食器類の片付けをし始めたのだった。
そんな彼女の姿を見て、"異世界での小樽での生活"を思い出していた自分に気がつく。
(本当、この状況はあの時みたいだ……めぐと俺はこうして一つ屋根の下で暮らして……)
ここが元の世界の自分の家ではなく、異世界において小樽運河沿いの廃墟を改造した、仮住まいだったように思えてきた。
(めぐはああやって、楽しそうに洗い物をして、そんな彼女の周りにはたくさんの子供たちがいて……だけど、そんな生活は長続きせず、子供たちはおろか、めぐさえも……)
楽しい思い出は、それに紐づく、残酷な記憶を思い出させた。
炎に巻かれ次々と死んでゆく子供達。
俺の腕の中で、雪に埋もれどんどん冷たくなってゆくめぐの身体……日を追うごとに、異世界での過酷で、残酷だった記憶を思い出してしまう状況にあった。
特に、こうして"元の世界のめぐ"と過ごしているときは、尚更その頻度が高まってしまう。
(異世界の因果よ……どうかこのまま、大人しくしていてくれ……俺からもう、何もかもをも奪わないでくれ……)
俺は主格の無い存在へ、必死にそう願う。
そんな俺を現実へ呼び戻すかの如く、インターフォンの音が鳴り響く。
「出るよ」
「ありがと!」
洗い物をしてくれているめぐに変わって、玄関へ向かってゆく。
そこにいたのはーー
「やっほー! 涼みにきたよぉー!」
蒼太とがっちり腕を組んだ鮫島さんだった。
「よ、よぉ、シュウ。邪魔したか……?」
蒼太は玄関先にちょこんと置かれているめぐの靴を見て、苦笑い気味に聞いてきた。
「問題ない。直接来て欲しいと頼んだのは俺の方だからな」
ーー今朝早く、鮫島さんから話があるとメッセージが届いていた。
スマホでやり取りするよりも、直接話をした方が良いと思ったからだ。
それに……
「ななみん!」
「わーん、めぐみん、会いたかったぞぉ〜!」
めぐは鮫島さんと軽く抱擁しあい、彼女の来訪をとても喜んでいる様子を見せていた。
いつも俺のことを気にかけてくれるのは嬉しいが、たまには友達のことも大切にして欲しいと思えてならない。
でも、これは鮫島さんたちを直接呼んだ理由の一つでしかない。
1番の理由は、自分自身の問題だった。
「はい、これお土産! 実はこの間蒼ちゃんとランドとシーへ行ってさぁ!」
「ランドとシーって……二つも!? す、すごいっ!」
「かなり弾丸日程だったけどな……」
ーーこうして皆といる時、俺は"強く"自分が元の世界で、今生きていることが実感できていた。
逆に、1人きりになったり、すると、否が応でも異世界での出来事を思い出し、気持ちが暗く沈み込んでしまう。
俺は皆がこうして周りにいてくれることで、正気で居られるのだった。
「しゅ、しゅうちゃん!」
気がつくとめぐを含む三人が、きょとんとした表情で俺へ視線を寄せていた。
どうやら俺はまた、ぼぉっとしてしまっていたらしい。
「大丈夫……?」
「あ、ああ……で、なにか?」
「ま、まぁ、この暑さだから、さすがのたばっちもボォーッとしちゃうかもね!」
正直、こういう場面で鮫島さんの明るさは助かることこの上なしであった。
「でさぁ、さっきの話は聞こえてなかったよね……?」
「すまない。それで?」
「せっかくの夏だし、キャンプ行こう! しかも海で!」