夏休み前の最後の試練
「鎌倉時代と室町時代はいずれも征夷大将軍を中心とする幕府での政治運営を行なっていたが、この二つの時代には大きな違いがある。その違いとは朝廷との、両幕府の付き合い方だ」
「ふむふむ……」
「ざっくりと言ってしまえば、鎌倉幕府は朝廷を嫌い、室町幕府は朝廷を好んでいた。ではなぜ、そうなったのか、因果を確認してゆこう」
「うんっ! すごく気になるっ!」
めぐは相変わらず、真剣な様子で俺の解説に耳を傾けてくれていた。
やはり、こうしてきちんと傾聴してくれるのは気持ちがいい。
それにこうした引き締まった表情をしているめぐは、凛々しい"異世界のめぐ"を彷彿とさせる。
「しゅうちゃん……?」
と、めぐが不思議そうにノートから顔を上げた。
「あ、いや……続けよう!」
どうやらめぐに見惚れてしまっていたらしい。
俺は、気持ちを切り替え、彼女への解説へ戻ってゆくのだった。
学園祭が終わり、はや二週間。夏休み開始まで、約1ヶ月。
しかしその前に越えなければならない試練があった。
それを俺たちは期末試験と呼ぶ。
期末は家庭科といった専門科目のペーパーテストも含まれ、中間試験よりも受験科目数が増加する。
よって、かなり計画的に学習を行わなければ、破綻は必至である。
だが俺たちはーー
「この喉越し……!?なんでこんなにも美味しく茹でられるんだ!?」
「そ素麺はね、茹でるんじゃなくて、温めたお湯に浸して放置したほうが、美味しい仕上がりになるんだよ!」
俺とめぐはきっちりスケジュールを組んで試験対策を行なっているため、こうしてお昼ご飯を一緒に楽しむことができていた。
むしろ、中間の時のように、多少ゲームをしたって構わないくらいである。
「ね、ねぇ、しゅうちゃん!」
「ん?」
「あ、明日も、一緒にそのぉ……!」
めぐは少々モジモジした様子で言い淀んでいる。
言いたいことはわかっていた。
「明日は蒼太も来るが構わないか?」
「貝塚くんが……?」
「勉強を教えることになっている」
蒼太は今度の期末試験で、赤点を一つでも取ってしまうと、母親の真珠さんから"高校卒業まで厨房に立つことを許さない"との厳命を下されているらしい。
(異世界の真珠さんーーつまり貝塚大尉は、どんなことであろうとも自らが仰ったことは必ず実行に移す方だった。だから見捨てられない……!)
「そ、そっか……貝塚くんが来るんだ……」
ふと、めぐは嫌そうな顔をしている。
蒼太とは仲が良いと思っていたのが、少々予想外の反応である。
「嫌か?」
「あ、えっと……じゃあ、明日は来ない……」
「そうか……」
「あ、あ! 貝塚くんが嫌いとか、そういうのじゃない、からっ! 誤解しないでっ!」
めぐは慌てて訂正する。
蒼太のことが嫌いでなければ、一体……?
「も、もうちょっと……このことは……しゅうちゃんと、私だけの、秘密にしておきたい……ですっ!」
「秘密? なんのことだ?」
「あうぅ……も、もう、良いからっ! あ、明日は、私、来ないからっ!」
「……わかった」
珍しくめぐに怒鳴られ、少々驚いてしまう俺だった。
(めぐのことをなんでもわかっている気がしたが……俺もまだまだらしいな……)
とはいえ、こうして喜怒哀楽がはっきりしているめぐを見られれるのは、"平和な元の世界"へ帰還できたからこそである。
だからこそ、今年の"夏"は特別なものにしたいと強く思っている俺だった。
●●●
「しゅうちゃんのおばかさん……! うぅっ……!」
自宅へ帰った恵は、枕に顔を埋めて、文句を口にする。
普段は些細なことでも、よく気がついてくれる宗兵なのだが、今日の昼の"秘密"に関して、気づいてくれなかったのが少々不満だったのだ。
(まだみんなには知られたくない……お隣さんとか、学校以外では結構いつも一緒にいることとか……!)
むしろ宗兵と過ごす2人きりの時間は、永遠に2人だけの秘密にしておいて、邪魔を挟みたくない。
恵は強くそう思うのであった。
と、そんな少々重めのことを考え、悶々としていた時のこと。
メッセージアプリから"ななみん"こと【鮫島 七海】からメッセージが舞い込む。
・ななみん
へるぷっ!
・ななみん
勉強おわんない!
・ななみん
赤点とったらマジやばい!
・ななみん
ウチ、大ピンチ!
ーーそういえば、七海はあまり成績がよくなかったと恵は思い出す。
そして、できたばかりの大の仲良しが助けを求めてくれているし、明日は予定が空いてしまったとのことで……
・めぐみん
明日、うちで勉強する?
・ななみん
ま!?
恵は一瞬、スマホの前で、七海がなんと返答したのか分からず首を傾げた。
(お話からの流れで、"マジ!?"を略しているのかな……? たぶん……)
・めぐみん
10時に待ってるね……?
・ななみん
あざまる!
七海の返信に、更なる混乱に見舞われる恵であった。
とはいえ、文脈とニュアンスから、"明日の勉強会は恵宅にて実施"ということはわかったので、お気に入りの可愛いうさぎのスタンプを返す、恵であった。
そしてすぐさまベッドから起き上がり、キッチンへと向かってゆく。
明日の勉強会の合間に食べる、お菓子を作るためだった。
(明日はドライレーズンのカップケーキにしよ! あ、でも、ななみん、レーズン好きかな? 聞いた方が良いかな……? でも、そんなこといちいち聞いちゃ迷惑かな……でも、でも!)
初めてできた仲良しの子が、家に来てくれることが楽しみでならない、試験勉強に関してはかなり余裕綽々な恵だった。
しかし、この時、彼女はまだ気がついていなかった。
彼女の預かり知らぬところで、密かに作戦が進行していることを。