めぐは注意とご褒美で、俺にあーんをしてくれる
ーー山碕の屋上から転落事故は、幸い誰1人死傷者を出すこともなく、終えることができた。
一時、この事故のために学園祭の継続が危ぶまれたという。
しかし、終了時間も迫り、特に問題がないとの判断から、無事に日程を終えることができたのだった。
とはいえ、当事者となってしまった俺は、そのまま学園祭へは戻れなかったのは当然のこと。
駆けつけた警察に事情を聞かれたり、担任の林原先生、副担任の真白先生と共に、校長先生ら学校の首脳陣に呼び出され、お叱りを受けた。
そして俺と林原先生が解放されたのは夜になってからであった。
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「もう2度と、ああいう危ないことはしちゃダメよ」
運転席の林原先生は、助手席に座る俺へそう言ってきた。
「はい、すみません。先生方にもご迷惑をおかけしてしまって……」
「そこは別に良いのよ。止められなかった私も悪いし、担任として当然だから……」
本来は当たり散らされても、仕方ない状況だ。
でも先生はそんなことをせず、更に自分の問題とまで仰ってくれている。
やはりこの方は異世界でも、元の世界でも尊敬すべきお人だと改めて認識する。
そしてなによりも、許してくれたことへの感謝しかなかった。
「今日のような行為は本当に危険なことよ。もうして欲しくないわ。だけど……」
「?」
「ああやって、誰かが困っている時に、迷わず飛び出す勇気や行動力は素晴らしいと思うわ。だから、その気持ちだけはこれからも忘れないでね」
車がクラスの打ち上げを実施している"CAFE レッキス"の前へ停車する。
「あとのことは先生に任せて、今夜はたくさん楽しみなさい! ただし節度は守ってね!」
「はっ! ありがとうございます! また送ってくださりありがとうございました! 真白先生へもよろしくお伝えください!」
先生は俺を下ろし、車で去って行く。
林原先生の明るい表情を見て、多少は気が晴れていた。
しかし、こうして1人になるとあの救出劇から渦巻いている疑念が浮上してくる。
俺は今日の事故から、異世界で、耳にしたとあることを思い出していた。
異世界では俺が転移した頃"すでに山碕が死亡していた"ということを……。
(異世界のアイツは、俺が転移する以前の総合評価技術試験の中で、転落事故によって死亡したんだよな……)
もしかしたら元の世界のめぐとの関係性の変化と同様に、異世界の因果が山碕へも影響を及ぼしたのだろうか。
確かに、幾ら山碕が蹴ったぐっていたとはいえ、屋上の強固なフェンスが簡単に倒壊するものかどうか、甚だ疑問ではある。
(いずれにせよ、不安だ。これからはより、周りに注意してゆかないと……)
このことはいずれゆっくりと考察しようと心に決める。
そして気持ちを切り替えて、カフェの扉を開ける。
するとーー
「おー! きたきたぁ! みんなー我らが英雄の副委員長のたばっち様がご帰還だよぉ〜! はい、拍手ー!」
すでにノリノリな鮫島さんの一声で、集まった全員が万雷の拍手で出迎えてくれた。
ちなみに今夜、この店は俺たちで貸切である。
「シュウ! やっぱお前すげぇよ! 感動した!」
どこからともなく、蒼太が現れて、俺へガッチリ肩を組んでくる。
そこから俺は皆に取り囲まれ"降りている時はどんな気分だった?"や"どこであんな救助方法を勉強したの?"など、質問攻めにあってしまう。
「はいはい、みんな、気持ちはわかるけど、たばっちもお腹ぺこぺこなんだから、そのへんでねぇ?」
と、鮫島さんが間に入ってくれ、みなは渋々といった様子で俺を解放してくれるのだった。
「ありがとう、鮫島さん」
「いえいえ! ちょっとこっち来て!」
俺は鮫島さんについて行き、カウンター席の向こう側にある、厨房へ向かってゆく。
「お姉ちゃーん、入るよー」
「どうぞ〜」
厨房には鮫島さんにそっくりだが、彼女をより大人っぽくしたような方がいた。
たしか、お姉さんの"海美さん"という方で、このカフェの店長さんだった気がする。
だからたぶん、この店を格安で貸し切ることができたのだろう。
「お、お帰り、しゅうちゃん!」
なぜか海美さんと一緒のエプロンを巻いた、めぐに遭遇する。
「ほら、来たよ! さぁさぁ!」
「さぁさぁ!」
鮫島姉妹はグイグイとめぐの背を押した。
めぐは恐る恐るといった具合に業務用の大型冷蔵庫の扉を開きーー
「色々とお疲れ様っ! 良かったら、これ食べてっ!」
めぐが差し出してきたのは、真っ赤なさくらんぼがたくさん添えられたチェリーパイだった。
昼から何も食べいなかった腹の虫が、美味しそうなチェリーパイを見て、すぐさま暴れ出す。
「それじゃあ、お二人さん……」
「ごゆっくり〜。誰も入らないよう、入り口は死守するからねぇ〜」
鮫島姉妹はそう言い置いて、そそくさと厨房を後にする。
めぐと2人きりになった途端、頬と耳が熱を持ち、心臓が高鳴り始めるのだった。
「あ……じゃあ、さっそく……」
「だ、だめっ!!」
と、めぐは俺からチェリーパイの乗ったお皿を遠ざける。
「た、食べちゃだめなのか……?」
「……」
「めぐ……?」
「もう、ああいうことは、やめて! 絶対に……!」
めぐにしては珍しく、淀みなくそう言ってくる。
ああいうこととは、間違いなく、"山碕の救出の件"なのだろう。
「わかってる。ごめん。もう2度としない……」
「ほんと……?」
「ああ」
元の世界のめぐには、もう2度と悲しい顔はさせたくない。
だって、異世界の彼女を俺はあまり笑顔にしてあげることができなかったのだから……
「じゃあ、許す」
「ありがとう」
「……」
「ま、まだなにか……?」
「ちょ、ちょっと、屈んで……?」
言われた通り、膝を折り、めぐと目線を合わせる。
やっぱりこの子はすごく可愛い子だと改めて思った。
そしてこうして目線を合わせているだけで、胸が高まり、妙な妄想が浮かび上がる。
(確か、異世界のめぐとのファーストキスも、こんな感じだったような……あの子から、急にされて、それでその場で流れで初夜を過ごし……)
甘酸っぱい思い出が蘇り、思考が一瞬混乱するも、すぐさま落ち着きを取り戻す。
(そうだ……俺は異世界で果たせなかった想いを、元の世界のめぐと共に果たしたいんだ……2人で幸せに暮らしてゆくという願いを……!)
異世界ではめぐからだった。
ならだ今度は俺からと、覚悟を改める。
と、その瞬間、唇へ甘酸っぱく、だけど硬い感触が添えられた。
「ふへ!?」
「は、はいっ! あーん、してっ!」
めぐは、さくらんぼのように頬を真っ赤に染めながら、チェリーパイを俺の唇へ添えていたのだった。
期待外れで残念な部分は確かにある。
だけど、こういうのも悪くはないし、やや自分が先走り過ぎたことを反省する。
そしてめぐが差し出してくれたチェリーパイを一口。
甘くて、少し酸っぱい味わいが口の中いっぱいに広がってゆく。
「ど、どう……?」
「相変わらず美味しゅうございます」
「良かった! も、もっと!」
「はいはい」
めぐは満足そうな顔でチェリーパイを次々差し出し、食べさせてくれる。
やっぱりめぐには笑顔が1番似合うと思った瞬間だった。
(たとえ異世界の因果が何を仕掛けてこようとも、絶対に守り、成し遂げてやる! めぐとの幸せな未来を!)
そうした新たな決意と共に、6月の楽しい時間は過ぎて行くのだった。
「うぷっ……」
「しゅうちゃん、大丈夫? 無理しなくても……」
「せっかくめぐが作ってくれたものだ。これぐらい……! ぐぅ……!」
「お水飲む……?」
やはりチェリーパイワンホールは食べ過ぎだとおもった。