独りよがりで、傲慢な行為。されども……
(やはり、こうした不安定な姿勢は、ジリジリと体力を奪ってゆくな……)
更に降下するたび、臀部に触れたザイルが摩擦を起こして熱を発した。
ズボンは薄いナイロン製のため、臀部が熱く、とても痛い。
だが、それを堪え、臀部と右手でザイルにブレーキをかけつつ、慎重に降下を継続してゆく。
「くっーー!?」
突然、横風が吹き、僅かに姿勢が崩れた。
だが、足を踏ん張り、なんとか元の姿勢へ戻る。
「はぁ……はぁ……はぁ……くそっ……!」
しかし姿勢とともに、俺の気持ちにも崩れが生じた。
さきほどまで平気で降下できていたはずなのに、足がすくんで、体が震え出す。
降下を継続することに躊躇いが生じる。
「しゅうちゃん! しっかり! 頑張って!!」
突然、頭上からめぐの声が降り注いでくる。
彼女は身を乗り出し、俺をのことじっと見つめてくれている。
(めぐが見ているんだ……!)
彼女の視線を浴びていると自然と勇気湧きこる。
(めぐや先生方の静止を振り切って、俺はこんなことをしているんだ。だから、絶対に俺も山碕も無事に生還しなきゃならないんだ!)
気持ちの立て直しは終わった。
俺は再び慎重に、そして堂々と懸垂降下を継続してゆく。
山碕のいるところにまで達した俺は、下方へ垂れているロープを前方へ回し、結びつける。そうしてその場で降下を止め、両手が自由となる"作業姿勢"を構築する。
「山碕っ! もう大丈夫だ! さぁ!」
手を伸ばす。
「あぁ……」
だが山碕は胡乱げな視線を向けるだけだった。
無理もない。
こんな姿勢で、こんな状況なのだ。
同じような目にあったことがある俺だからこそ、今の山碕の気持ちが痛いほど分かる。
俺は僅かな横風を感じながら、ザイルを少しずつ横へ動かして、山碕へ肩を寄せてゆく。
「安心しろ。絶対に助ける。約束する」
「……」
「だが、ほんの少しでいい、勇気を出してくれ! 片手をこちらへ向けてくれ!」
「…………」
「山碕っ!」
「くっ……!」
山碕は恐る恐る手を離したので、俺はすかさずその手をとり、強く握りしめる。
「背中へ!」
「……」
山碕は素直に俺の背中へ乗り移る。
背中とザイルへのしかかった重さは、想定以上だった。
(異世界のめぐも、あの時は大変だったんだな……)
そんな昔のことを思い出しつつ、背中に移った山碕を、しっかりとロープで固定し、2人で降下する準備を整えた。
まるで異世界で、めぐが俺のことを助けてくれた状況の再現だった。
「降りるぞ」
固定を解いた途端、ブレーキ役をしている右手へより一層の体重がかかった。
僅かでも油断をしてしまえば、2人もろとも、転落し大怪我は免れないだろう。
俺は極めて、ゆっくりと、慎重にザイルを伝って、下へと降りてゆく。
「田端……」
ふと、山碕が囁きかけてきた。
「なんだ?」
「なんで俺なんかを助けたんだ? 俺はずっとお前のことを……」
どうやら先日の川島と豊田同様、これまでの自身の行いと、こうしている俺の間で気持ちが葛藤しているようだ。
「だからなんだ?」
「え……?」
「助けないとでも思ったのか?」
ぴしゃりとそう言い放つと、山碕は黙った。
「正直、これまでお前にされたことには怒りを覚えている。消えて欲しいと強く願ったこともある。だけど、俺がもし、ここで助けずお前が死んでしまったら、お前の周りにいる人へ多大な影響を及ぼす。それを防ぐためだ。それに……」
「それに……?」
「助けられる命が目の前にあって、それをみすみす見過ごすわけには行かなかった。それだけだ。たとえかつて俺に酷い仕打ちをしていた奴であっても」
あの過酷な異世界では、さも当たり前かのように、日々多くの命が消えていった。
助けようとしても、助けられない数多の命があった。
大切に思っていた、"異世界のめぐをはじめ、鮫島さん、蒼太、林原軍曹、真白中尉"といった身近な人々さえ、俺は救うことができなかった。
その度に俺自身は悔しさを覚え、自身の無力さを呪った。
(この命は、異世界にめぐに救われたものにも関わらず……皆にここまで心身ともに強くしてもらったお返しもできず、俺だけが生き残り、そして元の世界へ帰ってきてしまった……)
だから、こうして危険を犯して飛び出したのは、山碕のためというよりも、自分自身を満足させたいという気持ちが大きくあるのだろう。
救える命を救いたい。皆を助けられなかった分の悔しさを晴らすために。
この危険な救出行為は、独りよがりで、自分のための、傲慢に他ならないと思う。
「お前、本当に変わったな……」
でも、こうした傲慢は、結果として山碕を救い、彼へ安堵の表情を齎している。
「ありがとう……いままで、本当にごめんなさい……」
山碕はそれっきり口を閉ざし、より強く俺へしがみつく。
彼の感謝の謝罪の言葉に、俺はわずかな満足感を得つつ、降下をし続ける。
やがて、靴底がふわりと沈み込み、敷かれたマットの上に到達したのだと、理解する。
ちょうど、そのタイミングで校庭へは緊急車両が、空にはレスキューヘリが到着していたのだった。
(だが……傲慢とわかっていても、俺はこれからも何かをし続けてゆきたい。助けられなかったみんなのぶんも、俺はこれからも……)
★本作はフィクションです。
作中に出てまいりました懸垂降下、並びに安全器具が無い状況での実施は非常に危険な行為です。
絶対に真似しないようお願い申し上げます。




