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救出作戦

「しゅ、しゅうちゃん!? なにする、つもり!?」


 あまりに状況に意識を集中させ過ぎていたため、めぐがずっと後ろを着いてきていたことにようやく気がついた。


「配管にぶら下がっている男子生徒の救助だ! 時間がない!」


「え、ええ!? あ、危ないよ!?」


「わかってる! でも、本当に時間がないんだ!」


 あの体勢は腕や指先に体重の全てがかかってしまう。

片手で50秒鉄棒へぶら下がることができれば、米軍兵並の筋力とも言われている。

 だからなんの訓練も受けていない、ただの学生があの体勢を長時間維持できるとは到底考えられない。

本来はプロの救助を待つのが良いが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。

 異世界の総合技術評価試験の際、同じような状況に遭遇した俺には、今が一刻を争う時だと判断したためだった。


「めぐは今すぐ鮫島さん達と体育館からマットを借りてきてくれ!」


「ま、待って、しゅうちゃんっ! 待ってぇっ!」


 俺はめぐの悲痛な叫びに胸を痛めつつも無視をし、屋上へ飛び込んで行く。


「やまちゃん、もうすぐ救助が来るから! だから頑張って!」


「おい、ケーサツとかレスキューまだかよぉっ!!」


 屋上への扉を蹴破った途端、悲痛な叫びを上げる川島と豊田に遭遇した。

この異常自体に、未熟な2人は明らかに錯乱した様子を見せていた。

 この2人がいるということは、まさか、いまぶら下がっている男子生徒は……!?


「山碕くん! しっかり! もう少しで助けがくるから!」


 担任の林原先生や真白先生、体格の良い体育教員なども、集結し、ぶら下がっている男子生徒へ励ましの声をかけている。

だが、何もできないのは、先生方もこの異常事態に対処する術をご存知ないからだろう。


「退いてください!」


「た、田端くん……!?」


 林原先生をはじめ、その場にいた川島や豊田も驚愕の表情を浮かべている。


「早く退いてください! 時間がないんです!」


「お、おい! 君は一体何を……?」


「救助するに決まってるじゃないですか!」


 動揺する体育教員を声で押し退けて、フェンス近くに設置されている、ベンチの元へかがみ込む。

ベンチの足はしっかりと屋上の床に埋め込まれていて、強度的には問題なさそうだった。

俺はその足へザイルを"もやい結び"で括り付ける。


"もやい結び"は、力がかかっても結び目がズレず、弛まない結び方で、船舶の牽引の際も使われる結び方である。


「これを手に取れっ!」


 俺は校舎の微妙な淵へぶら下がっている山碕へ向けて、縄を投げた。


 屋上には俺を含めて多くの人が集まっているのだ。

山碕さえ、今垂らしたザイルを掴んでくれさえすれば、引き上げるのは容易なことだろう。


「……」


「山碕、早くっ!」


「…………」


 しかし、山碕はザイルを垂らしても、腕を伸ばす素振りは見られず、ただ肩を震わせているばかり。


(くそっ! 手に取らないか……。怯えているか、もはやそんな余裕もないと言ったところか……)


 未だに救助車両や、ヘリが到着する様子は見られない。

あらゆる意味で時間がないのは明白だった。


「頼むよ、田端! 山ちゃんを、山ちゃんを!」


「なにぼーっとしてんだよ! 早くしろよ、おい!」


 この異常事態に錯乱した川島と豊田が俺へめちゃくちゃな感情を押し付けてくる。

これでは二次災害も発生してしまう可能性すらある。


「す、少し黙って! 一生懸命やってるしゅうちゃんの邪魔をしないで!!」


 先生方が注意するよりも早く、珍しい怒号が響き渡り、川島と豊田を黙らせる。


 声をあげたのは、屋上へやってきためぐだった。 


「マットはあとすこしでななみん達が運んで来てくれるよ!」


「そうか! ありがとう」


 万が一の時の対策はこれで完了した。

だが、マットが到着するまで、山碕が持つかどうか、正直怪しいところであった。


(もうやるしかない……!)


 俺は山岳部から借り受けた、もう一本のザイルを手に取る。

ザイルを握る俺の手は、明らかに震えていた。


 自信がある訳じゃない。異世界でこうした訓練は受けていたが、実戦の中で行なったのは皆無だ。

第一、俺自身にも危険が及ぶ。

しかし、だからといってーー!


 俺はもう一本のザイルをベンチの足へ括り付けた。

自分の股と腰へは短めのザイルをふんどしのように座席として巻きつける。

そして山岳部から借り受けた、手袋を嵌め、カラビナを装着し、一通り準備を終えた。


「しゅ、しゅうちゃん、何を……?」


「俺が……降りる!」


 俺の宣言に、屋上に集まった皆の表情が一斉に凍りつく。


「やめなさい! そんな危ないこと絶対に許さないわ!」


 誰よりも早く声をあげたのは、担任の林原先生だった。

先ほどの鋭い声音から"林原軍曹殿"を連想してしまい、背筋が伸び、身体へ緊張が走る。


(確かに先生の仰る通り、危険だ……しかし……!)


 未だに救助車両や、ヘリが来る気配はない。

 目下の山碕も、明らかに限界が近い。


「だめ、やめて……!」


 察しためぐも、俺の服の裾をぎゅっと摘んで行かせまいとしている。


「すみません!」


「田端くんっ!」


「しゅうちゃんっ!!」


 俺は林原先生とめぐの声を振り切って、ザイルをカラビナへ通し、屋上から飛び降りた。


 ザイルがカラビナと、座席としてふんどしのように巻きつけたロープへギュッと食い込む。


 俺は喉の渇きを覚えつつ、山碕へ向けて、慎重に懸垂降下をしてゆく。


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