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思い出のザイル

「ああうぅ……」


 めぐはこっそり俺のシャツの裾を摘み、背中に隠れて歩いている。


「お、おい……ちょっと近くないか……?」


 さすがの俺でも少々気恥ずかしいので、そう述べてみる。

 めぐは「だ、だってぇ……」というだけで、俺の後ろから離れようとはしない。

原因はめぐへ寄せられる周囲からの視線だ。


 初めてめぐを見た者は驚いて振り返り、我が校の生徒は(主に男子)は熱い視線を寄せる。

 めぐはそれほど"可愛い"のだ。

俺自身も、あの過酷な異世界で生き残れたのは、手の届かない存在だっためぐと親しくなれたことが大きい。


 だが、こうした周囲の反応に反して、めぐはかなり敏感に反応していた。

どうやら、こうした視線が苦手らしい。


(このままではいかんせん、めぐが可哀想だ……)


 これでは鮫島さんから課せられた任務も果たせそうにない。

まずは、めぐが安心できる人気のない場所へ連れてゆくべきだと視線を巡らせているとーー


「めぐ、あそこへ入るぞ」


「う、うん!」


 俺は廊下の隅でひっそり展示を行っている"山岳部"の部室へ入ってゆく。

どうやら日々の活動で使用している、ザイルや、テント類などを展示しているらしい。


 案の定、人気は少なく、係の部員も退屈そうにスマホをいじっているだけ。

少し、廊下の混雑が落ち着くまで、ここにいた方が得策だろう。

 めぐには少々退屈な場所かもしれないが……


「このロープ、色んな色があって綺麗!」


 と、そんなことは無かった。

めぐは壁にかけられていたカラフルなザイルの数々に興味を示したのである。


「これはザイルといって、クライミングの時に使用するものだ」


「見たことある! これで岩壁を登ったり、降りたりするんだよね……?」


「ああ……」


 ザイルとめぐ。

このアンバランスな取り合わせは、俺へとても大切な記憶を思い出させる。


「しゅうちゃん?」


「いや、これに少し思い出があって……」


ーーもしかすると、元の世界のめぐがザイルに興味を示したのは、異世界からの影響があるのかもしれない。

だってザイルは、俺の命を繋ぎ、更に俺とめぐの絆をより深いものにしてくれた、思い出の品なのだから。



★★★



「だ、だめだ! もう、俺のことは良いから、橘さんだけでも!」


 岩壁に指を食い込ませながら叫ぶ。

しかし橘さんは横殴りの雨に打たれながら、ザイルを伝って、懸垂降下を継続している。



ーー総合技術評価試験。

今、俺たち訓練兵はMOAの搭乗訓練に移れるかどうかの大事な試験の真っ最中だった。


その中で俺は致命的なミスを犯し、崖から転落してしまった。

しかしそんな俺をゴール目前の橘さんが発見し、救助しようとザイルでの懸垂降下をしはじめたのだ。



「諦めちゃだめっ!」



橘さんにしては珍しく、雨音をかき消すほどの大声量で励ましの言葉を発した。



「で、でも……俺……」



過酷な総合技術評価試験での疲労と、目下に広がる奈落によって、俺の意思はすでに砕けてしまっていた。



(しょせん、俺はこの世界のみんなみたいに強くないんだ……臆病で、平和ボケした世界で生きてきた情けないやつなんだ……ここのみんなみたいに、使命感も覚悟もない、だめなやつなんだ…)



さらに訓練校で常に成績トップで、将来を嘱望されている橘さんを、俺のようなへなちょこのために失うわけにはいかない。



「もう俺なんかのことなんて良いから! もう放っておいてくれ!」



「諦めちゃだめっ! こんなとこで死んじゃだめっ!」



俺のカッコ悪く、情けない言葉を、橘さんは強い言葉で一蹴する。



そして気付けば、真横にはザイルで体を固定した橘さんいて、俺へ手を差し伸べていた。



「田端くん、こっちへ! 絶対に助けるから! 大丈夫だから!」



 だが、差し伸べられた手を取るためには、一瞬だけ岩壁に食い込ませた片手を離さなければならない。


「で、できない……こ、怖い……!」


「……」


「ごめん、やっぱり俺……」



 すると勇気が出せない俺へ、めぐはザイルを少しずつ横へずらし、肩と肩が触れ合う距離まで接近してくる。 



「大丈夫だよ。怖くないよ。ちゃんとみんなと同じ訓練について行けるようになった田端くんならできるよ」


 この世界の橘さんは、俺にずっと寄り添ってくれていた。



何故か、俺のようなへなちょこに構ってくれて、それが俺はたまらなく嬉しくて。



嬉しさが活力になって、努力をするのが苦にはならなくなって。


そうしたらまた橘さんが、俺のことを褒めてくれて。


そしたらまたやる気が湧いて、頑張って。



"異世界の"ではあるけれど、ずっと憧れていた女の子と仲良くなることができたことは、俺に自信と、自分を信じる強さを与えてくれて……



「さぁ、こっちにきて! しゅうちゃんっ!」


 

 再びの橘さんの頼もしい言葉を受け、俺の中で何かが弾けた気がした。



 "死にたくない"と強く思い、無事生還して、俺以上に勇気を出してくれためぐへ感謝を伝えたくなった。


「っ……!」


 俺は思い切って岩肌から片手を離しめぐへ向ける。

彼女は俺の手をしっかりと握りしめてくれるのだった。



「うん、それでいいよ。遠慮しないで背中に乗って」



「い、良いのか?」



「大丈夫。遠慮しないで! さぁ!」


 多少の気恥ずかしさと申し訳なさの中、めぐのせなかに乗り移った。



 途端、2人分の体重がかかり、ザイルへより一層の緊張が走る。



 しかしめぐは至って冷静に背中へ乗り移った俺を別の紐で固定した。



「お、重くない……?」

 


「大丈夫! へっちゃら! もうちょっとだよ!」




ーー結果、俺はめぐのおかげで、助かることができた。



試験自体にも合格することができた。



そしてたぶん、この日、この場所でかつての俺は死んだのだと思う。



この日を境に俺は"この世界"で生きてゆくという覚悟を持った。



命を救ってくれた橘さんを、何が何でも守り通すと決めたのだった。


「あの橘さん……」


「なに?」


「さっき、俺のことをしゅうちゃんって、呼んでたけどあれって……?」


「あ、あ! な、何となく、というか……あうぅ……か、かわりに、今度から私のことは、めぐって呼んで、良いから! だから!」


 珍しく橘さんがうろたえていた。

きっと、こんな彼女を知っているのは、俺だけなんだと思う。


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