学園祭当日! 鮫島 七海の気遣い
「あーっ! 忙しくてこんがらがるぅ〜!」
「佐々木さん、落ち着いてくれ。3番さんはプレーン、4番さんはチーズ、以降10番さんまでは全てプレーンの順だ」
「ありがとう! ごめんね! もっと冷静になるね!」
配膳係の佐々木さんは落ち着きを取り戻し、作業へ戻ってゆく。
『たばっち? これから3名さまなんだけど、席空いてる?』
耳に装着したBluetoothイヤフォンから、表で案内係を行ってくれている、鮫島さんからの通話が入ってくる。
俺はすかさず、残席数とオーダーが入る可能性も考慮して、ハッシュドポテトボールの在庫を目視確認する。
(現状在庫では少々心許ないか……)
『こ、こちら調理班っ! 今から貝塚くんが、追加在庫持ってきますっ!』
こちらが考えを巡らせている中、まるで測ったかのように、家庭科室で調理班を受け持ってくれているめぐの音声が割り込んでくるのだった。
「今の3名様へご案内を。現在、3名、4名の2組が退席により、5分後に2組までご案内可能だ。調理班は念のためにあともう1ロット仕上げておいてくれ」
『『了解ッ!!』』
イヤフォンからめぐと鮫島さんの声が同時に響き渡る。
ワンDAYレンタルのポケットWi-Fi経由して、メッセージアプリのグループ通話機能を、出店のオペレーションへ使用するという鮫島さんのアイディアを採用し、大正解であった。これのおかげで、距離の離れている、現場・案内・調理をリアルタイムで接続することができ、円滑なオペレーションが実施できている。
(まるでMOA小隊の運用のようだな……)
俺は異世界の記憶に懐かしさを覚えつつ、意識を出店の運営へ戻す。
我がクラスが実施したアイリッシュバー風ハッシュドポテトボールの出店は、装飾の特異さや、供出物の珍しさもあり大盛況だった。
故に学園祭が始まってから、ここまでずっと働き通しである。
「時間だ! B班はC班と入れ替わってくれ! 調理班、案内班も同様に!」
現場を取り仕切る俺の名を受け、運営メンバーがガラッと切り替わる。
こうすることで、忙しい中でも皆には学園祭を楽しんでもらえる。
「鮫島さんと蒼太も変わってくれて大丈夫だ。ここまでありがとう!」
『本当に良いの……?』
イヤフォン越しに、鮫島さんの戸惑いの声が聞こえてくる。
「ああ、勿論だ。良い学園祭を!」
『だ、大丈夫だよ、ななみん! あとはしゅうちゃんと私に任せて!』
俺と共に"今日1日は出店の運営に時間を費やす"と覚悟を決めてくれているめぐも後押しをしてくれた。
『ありがと。それじゃ、楽しんでくるね!』
俺は再び意識を運営に戻す。
「いよいよ掻き入れどきのお昼だ! 各員、気合を入れろぉっ!」
『ちょ、調理班もがんばろっ!』
⚫︎⚫︎⚫︎
「受け入れてくれてありがとうね、蒼ちゃん……!」
「あ、お、おう……まぁ、俺もそうだったし……てか、終わった後に言おうと思ってたんだけど……」
「そうだったんだぁ……そっちが良かったなぁ……」
「七海の気がが早すぎんだって。えっと……まぁ……これからも宜しく……」
「宜しく! でさぁ、早速、初めての共同作業しちゃわない?」
「共同作業?」
「そっ! 幸せのお裾分けってやつ! 実は秘策があるんだよね〜」
⚫︎⚫︎⚫︎
「こ、こちら運営班……お昼のピークは過ぎた……もう補給のペースを緩めても大丈夫だ……」
『りょ、了解……ちょっと、お水飲んでくる……』
イヤフォンから聞こえてくるめぐの声にいつもの元気がなかった。
さすがに堪えたらしい。
俺も俺とて、喉に渇きを覚え、一時販売ブースを離れ、給水に向かう。
学園祭終了まであと数時間。
なんとか乗り切らなければと思っていたところーー
「やっほ! お疲れ! なーんか大変だったみたいだね!」
休憩から戻ってきた鮫島さんが、妙に晴れやかな表情で声をかけてくる。
「しかし特に問題はなかった。安心してくれ」
「そっか、そっか。じゃあ、はいこれ!」
なぜか立て看板を渡された。
そこには我が6組が展開する、THE 6th POTATO BARという文字が刻まれている。
「学園祭実行委員として田端 宗兵くんに命令します! こっちの現場はもう大丈夫だから、その看板を持って、学校中へ宣伝をしてきなさい!」
「は……? いや、しかし、運営が……」
「私、実行委員の代表、あなたクラスの副委員長。この場で偉いのはどっち?」
「実行委員だが……」
「じゃ、ええっと……じょーかん? の命令は絶対でしょ?」
命令という言葉には、実のところとても弱い。
林原軍曹殿に、命令とは自己の感情・考えを廃し、上官の指示に絶対服従をする姿勢だと叩き込まれているからだ。
しかしなぜ、鮫島さんはそのことを……?
「なお、もう一名宣伝係がいます。その子と、ええっと……ヒトサンマルゴ? に家庭科室前で合流。以降はその子と共に終日宣伝任務に就くこと! 帰ってこなくて大丈夫だから。以上、解散♩」
「う、むぅ……」
「はい、さっさと行く!」
「りょ、了解!」
もはや抗う術はなく、俺は立て看板を手にして、教室から出てゆくのだった。
そして家庭科室の前へ着いてみると、
「あ! しゅ、しゅうちゃん!」
「めぐ!? その看板はもしかして……?」
「なんか、貝塚くんが急に、"ここは俺に任せて宣伝してきて!"なんて言い出して……」
「そ、そうなのか……?」
「うん……」
ここに至って俺は鮫島さんと蒼太は俺とめぐを休憩させるために、こうしてくれたのだと悟った。
「せ、せっかくだし、行こ?」
「あ、ああ……」
俺は若干戸惑いつつも、めぐと共に、学園祭の賑わいの中へ身を投じてゆく。