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君が見つめる視線の先には(恵視点

 突然、ジャガイモ畑に複数のエンジンの唸り声が響き渡る。


 泥に塗れながら収穫作業に勤しんでい橘 恵は視線を上げた。


 その先ではジャージすがたの男子生徒たちが、しっかりフェイスガードなどで防護を施した上で、長柄の回転ノコギリを使い、草刈りをおこなっていた。


 そして、田端 宗兵は自らも作業を行いつつ、皆の間を縦横無尽に駆け巡って、色々と面倒を見ているのだった。


「めぐみん、どこをみているのかなぁ〜?」


「はひぃっ!?」


 いきなり背後から、しかも不穏な言葉を鮫島 七海からかけられたため、恵は思わずよろけてしまった。


「愛しの彼は今日も頑張ってるねぇ」


「だ、だからっ! えっと……! しゅうちゃ……あう……田端くんとは、そういうのじゃ……!」


「え? 違うの?」


「えっと……私が委員長で、田端くんが副委員長で……」


「そんなつまんない回答は期待してなかったゾ〜?」


 側から見れば、七海の態度は少々馴れ馴れしいかもしれない。

しかし恵は、何故かそういった七海の態度に心地よさを覚え、同時に"懐かしさ"に近い感情を抱いているのだった。


「てか、なんでたばっちはみんなの前で“めぐ”って呼んでるのに、めぐみんは“しゅうちゃん”って呼ぶの隠してるの?」


「ふぇ!? な、なんでわかったの!?」


 そこは仲が良くなったとはいえ、あまり突っ込んでほしくなかったと思う恵だった。


「だって割とめぐみん“しゅうちゃん”って呼びかけて、訂正してるんだもん。わかるって! やっぱ恥ずかしいってやつ?」


「そ、それは……うん……」


 口ぶりから、七海は恵のことを揶揄っているだけらしい。

 そしてこうして気兼ねなく、揶揄ってくれるのは案外、嬉しいものだと、恵は思っている。


「まぁ、あれだけの優良物件だし、独り占めしたくなる気持ちはわかるなぁ」


「あ、あ、いや! わ、私は、そんな……!」


「でも本当、田端くんって、すごく良い意味で変わったよね!」


「な、なんか、春休みに、色々と努力したらしいよ?」


「そうなんだ! なんか垢抜けたっていうか、頼り甲斐のある、大人って感じでかっこいいよね!」


 そう語る鮫島の様子を見て、恵の胸の内が僅かにざわついた。


「も、もしかして、ななみんはしゅうちゃんのことを……?」


「それは無いね……確かにたばっちは凄く魅力的な男子だけどさ……ウチ、昔からもっと好きな人がいるからさ……!」


 そう語る鮫島の視線の先には、宗兵と仲良くかたを並べて、草刈りに勤しんでいる蒼太の姿があるような気がしてならない恵だった。

しかし、それを指摘しても良いのかどうか。

 心は許しているが、ここまで仲の良い同性の友人ができたことのない、恵は戸惑いを覚えている。


「で、めぐみんは本当にどうなのさ?」


「えっと……その……」


「ほらほら〜」


 きっと七海なら大丈夫。

そう思った恵は周囲を見渡し、自分たちへ視線が集まっていないことを確認する。


「……す、き……」


 ずっと、ずっと、ずっと。

途方もない時間胸に秘めていた想いを、初めて他人へ告白した瞬間だった。


「そっか、やっぱし!」


「や、やっぱり!?」


「うん、やっぱり。だってめぐみんの態度明らかだし、結構みんな気づいてるっぽいよ?」


「そ、そうなんだ……はうぅ……」


「なら結構焦った方が良いっぽいよ、ウチら」


 妙にシリアスな七海の声音に、恵は一物の不安を抱く。


「焦る?」


「周りを見てごらんよ」


 言われた通り周囲を見渡してみると、結構多くの女子クラスメイトが、宗兵と蒼太へ視線を注いでいることに気がつく。


「蒼ちゃん、Tシャツのデザイン以来、株が爆上がり中だし。まぁ、たばっちは当然というか……」


 宗兵が他のクラスメイト、とりわけ女子と仲良くなった様子を想像し、何故か胸の詰まる感覚を覚える恵だった。

 なんとか気持ちを落ち着けようと、亜麻色の長い髪の先を指でくるくるまき始める。


 と、そんな中、作業をしていた宗兵と視線が交わった。

彼は手にしていた道具を地面へ置き、小走りで恵の元へと駆け寄ってくる。

 こうして目線を寄せるだけで、彼は一目散にこうして自分のところへ来てくれる。

そのことがたまらなく嬉しいと思う恵だった。


「なにか問題か?」


「あ、えっと……! そ、そっちの進捗はどうかなって、思っただけで……」


「ああ、そうかすまない。定時報告を失念していて……目下、全園の40%は掃討が完了した。最後の1時間程度にはなるが、そちらの収穫作業へ合流できると思う」


「そ、そうなんだ。じゃあ、待って、るね?」


「ああ。それでは!」


 恵の手が自然と動き、走り去ろうとする彼のTシャツの裾を摘んでしまう。


「ま、まだ何かあるのか……?」


 さすがの宗兵も動揺を隠しきれていない様子であった。

時折、見せる彼のそうした表情も恵のお気に入りの一つである。


「こ、今夜は、何が食べたいかなって……最近、お互いに忙しくて、ちゃんとした食事作れてなかったから……」


「そ、そうっだったな……確か、ここのジャガイモを少しもらえるんだったよな?」


「お芋のお料理だね。じゃあ、肉じゃがとか……?」


「良いな、肉じゃが! それでお願いしたい!」


「わかった!」


「それじゃ!」


 こうして夕飯の話をし、一緒に食卓を囲める宗兵との日常が、恵にとっては何よりも大切なものだった。

 これからも、ずっと、ずっと、ずっと、この楽しく穏やかな時間を続けて行きたい。なにせ、ようやく宗兵とのこうした日常を手に入れることができたのだから……。


 そんな中、畑の脇へ見知った白の大型SUV車が横付けされる。

とたん、恵の胸の内にぶわっと、モヤモヤが噴出する。


「やっほーみんなー! 差し入れと視察に来たよー! ちなみに差し入れは我らが担任、林原先生の全おごりだよー!」


「なっ!? そ、それは言わない約束でしょうが!」


 相変わらずの副担任の真白先生と、担任の林原先生だった。


 そして2人を見かけるや否や、宗兵はかなり小走りで駆け寄ってゆく。

どうやら率先して林原先生の荷下ろしを手伝うつもりらしい。


「わ、私も手伝いますっ!」


 恵もまた手伝いに駆け出してゆく。


 やはり彼女の胸を1番ざわつかせるのは、同級生よりも林原先生なのかもしれない……。

 亜麻色の髪をくるくるする手が止まらないのであった。



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