まさか異世界での経験が、こんな形で役立つとは!?
「こりゃどうも"坊ちゃん"! わざわざお越しいただてありがございます!」
蒼太へ、気さくに挨拶を投げかけてきた今日のジャガイモ収穫でお世話になる園主さん。
長袖のシャツの隙間から、ちらっと見え隠れしているのは、どこからどうみても刺青である。
それに気づいた多くのクラスメイトは、背筋を伸ばすのだった。
「だから、その坊ちゃんってのは止めろって言ってるだろうが!」
しかし蒼太は刺青園主さんへ臆することなく、そう言ったのだった。
どうやらこの園主さんは、蒼太と母親の真珠さんの後見人である、白銀建設の社長である白銀 源三郎さんと関係がある人らしい。
「な、なんか、貝塚くんって、凄い人と知り合いなんだね……?」
先日、悪い輩に襲われかけためぐは、顔色を若干青く染めている。
「蒼ちゃんのおじさんの白銀建設ってさ、昔はヤンチャだった人が多いんだ。でも、みんなちゃんと更生してる人たちで、とってもいい人たちばかりだから、怯えなくて大丈夫だよ」
と、学園祭準備が始まってから、すっかり仲良くなった鮫島さんは、めぐへそう説明する。
異世界同様に、この2人に友情が育まれ、胸に熱いものを感じるのだった。
「おい、シュウ! それと橘さん! こっからは仕切り頼むわ!」
「行こう」
「う、うんっ!」
俺とめぐは週末にも関わらず、集まってくれたクラスメイト達の前へ立つ。
「あの、えっと、み、みんな、お休みのところ、こんなにいっぱい集まってくれて、あ、ありがとうございますっ!」
めぐは何度も言葉を詰まらせながらも、一生懸命喋っていた。
そんな彼女のことをみんなは温かい視線で見守ってくれている。
「今日は、学園祭で作る、ハッシュドポテトボールに使う、ジャガイモの収穫になりますっ! 安全第一でお願いしますっ! 詳しい説明は、田端くんお願いしますっ!」
俺はめぐと入れ替わり、皆の前に立つ。
瞬間、俄かに緊張感が走ったのは何故だろうか……?
「それでは本日の作戦概要を説明する! 本作戦の目的は原料馬鈴薯の調達と、園全体の草刈りを終了させるものである!
女子グループはめぐをリーダーに園主殿の指示従い収穫作業に従事。男子グループは自分を中心に雑草の掃討作業を行う。
いずれの作業もマルキュウマルマルより各リーダーの指揮の下開始する!」
「マルキュウマルマル……?」
「え? なに……?」
「たばっちー、ようは9時から開始ってことでいいんでしょー?」
皆の疑問を鮫島さんが代弁してくれるのだった。
「あ、ああ、そうだ。すまない……」
もう俺は元の高校生なのだから、良い加減の異世界の兵士だった頃の癖はなんとかしなければならないと思う昨今である。
「そ、それじゃあ、みんな! まずは今日一日お世話になる園主さんにご挨拶を!」
「ぜーんいん、きをーつけぇーっ!」
またまた癖で、そう高らかに叫んでしまった俺だった。
しかしみんなは良い加減慣れてきてくれたのか、姿勢を正してくれる。
だったらこのままのテンションで押し切るものとする!
「今日一日、お世話になりますっ!」
皆は俺に倣って、割と綺麗な角度と、だいぶ大きな声量で園主さんへ挨拶をする。
すると園主さんは満足そうな笑みを浮かべるのだった。
「最近の若い奴にしちゃ、元気がいいじゃねぇか! こちらこそ今日1日よろしく頼むぜ!」
ーーこうして、9:00より、男女に分かれて作業が開始された。
「うおっ!? これが鎌! 死神とかが持ってるやつ!」
「このハサミすげぇでかい! 武器みたい!」
「なんかこのノコギリ、銃みたいでかっこいいなぁ!」
男子グループは草刈りの道具を前にし、とても興奮している。
そんな仲、俺は射撃訓練で体得した、100m単位目測方で農園全体の広さをおおよそ計測していた。
(かなり広いな……この人数でも、やりきれない可能もあるな……)
しかし、どうにかしてやり切ることはできないかと考えていると、俺の目に農機具小屋の壁にかかった機器が目に止まる。
まるで槍のように長く、エンジンと特徴的な円状のノコギリのついたコレに強い既視感を覚えた。
(MOAが装備していたメタルグラスソーにそっくりだ! おそらくこれは雑草を効率よく除去するための機器だ。これを使えばこの人数でも作業を完了できるぞ!)
俺は早速、機器をスマホで撮影し、収穫作業に当たっていた園主さんへ使用許諾を求めた。
「別に好きに良いけどよ、刈り払い機使ったことあるのか?」
「大丈夫です。キックバックや注意点に関しては事前説明を行います」
キックバックとは左回転する刃の右側上や左下で強引に草木を切断しようとしたことで、コントロールを失い、事故に繋がるケースのことだ。そしてそうした言葉を使用したことで、園主さんは俺が、刈り払い機に精通していると理解してくれ、使用を許諾してくれるのだった。
これもMOAで同じような武器を扱っていたことと、林原軍曹殿の厳しいご指導の賜物である。
「つーか、おめぇ……もしかしてダブりか?」
「ダブり……?」
「いや、なんか他の連中に比べて妙に落ち着いてるつーか……」
園主さんはおそらく、俺のことを留年した年上だと思っているのかもしれない。
実際、俺は二十歳を超えているので、間違いではないのだが……
「ちょっと色々とあって、皆より多くの経験をしてしまったので、こうなったのかと……」
「そっか、おめぇも若いのに苦労したんだな……その気持ち、よく分かるぜ……」
園主さんはしみじみと言った様子でそう語る。
この方も過去に色々とあったのだろう。
そしてこれ以上、お互いの過去へ踏み込むべきではないと思う。
「そいじゃ、くれぐれも安全第一で頼むぜ」
「はっ! 安全配慮には全霊を尽くします!」