ありし日の光景と今を重ねて……
『行くぜ、シュウ! お前の傍はしっかり守ってやっからな!』
「わ、わかった! ありがとう!」
ヘッドギア型の情報共有端末は、バディである蒼太の姿を網膜投影してきた。
俺は右のペダルを踏み込み、左の操縦桿を前を倒す。
全長15メートルもある巨大な人型の機械『MOA』は、異様に草木が生い茂った大地を闊歩し始める。
(やっぱりすごいな、MOAって。簡単な操作で、こんなにまで人のように歩けるだなんて)
このMOAという兵器には八条島へ突如として出現した"一号巨人"と呼ばれる存在から摘出・培養された、ある種の分子モーターを有する人工筋肉が組み込まれている。
これにより搭乗者の意思が機体へ流れ込み、操縦桿とペダル操作では成せない、複雑な動作を可能にしている……と、林原軍曹殿の座学で、散々聞かされたが、元の世界では中の下の成績の高校生だった俺は、いまだによく理解できていないのだった。
とはいえ、この高性能な人型兵器は、まるで人のように"ジュライ"が構築した、支配領域であるジャングルーー国際呼称:ダンジョンーーを悠々と進んでゆく。
(でも、なんか俺、こういういかにも"兵器"って感じのMOAの機影は大好きだなぁ……西側のエイブラムス、東側のオブイェークト148も良いけど、やっぱり日本の10式だよなぁ……!)
MOAは草木が生い茂るダンジョンでの戦闘を想定しているので、機体色は基本的にミリタリーグリーンだ。
いかにも"量産型"と言ったいでたちで、こうした理屈で固められたような存在は結構大好物だったりする。
(でもジュライやペストに、人間的な色による迷彩効果ってあるんだろうか……もしかしてこの機体色って、戦後のことを……?)
ーーなどと、変なことを考えている最中だった。
レーダーが無数の反応を感知し、警戒警報を響かせる。
『蔓、来るぞ! メタルグラスソー展開!』
「りょ、了解!」
蒼太の声によって俺は慌ててつつも意識を切り替える。
(た、たしか……項目選択はマルチデバイスでの眼球の動きで……装備の選択は俺の意識で……!)
座学で教わった通りの流れを行う。
すると、MOAの左腕部に折りたたんで搭載されていた、回転ノコギリ状の武器ーーメタルグラスソーが展開される。
途端、メタルグラスソーを動かすための、化石燃料が動力源の主機が唸りを上げた。
円盤状の刃が高速回転をし始め、金切り声を上げ始める。
狙うはジュライ本体から、ジャングル中に張り巡らされた攻撃用の蔓ーー国際呼称:バイン。
「訓練通りにやれば……訓練通りに……!」
バインはただ断ち切れば良いというものではない。
特に長いものは、最低でも三段階に切り分ける必要がある。
なぜならばーー
『う、うわぁっ! ミスった! ああああっ!!』
後続していた他のMOAが、蛇のようにのたうち回る蔓に絡まれ、身動きが取れない状況に陥っていた。
どうやら切り分けるの忘れてしまったらしい。
結果、生命力が強く、そして蛇のように長い蔓に絡まれてしまったのである。
「この雑草野郎が! 地球からさっさとでてけぇー!!」
蒼太は勇ましくそう叫びつつも、メタルグラスソーで、蔓を細かく切り分ける。
俺も蒼太に倣って、訓練通りの挙動でMOAを操作する。
俺と蒼太のバディは、他のチームより先行することができた。
「へへ! シュウ! 俺たちがトップだ! このまま一気に!」
「あ、ああ!」
だが、あまりに調子が良すぎて、俺と蒼太は人類を襲う、もう一つの脅威の存在をすっかり失念してしまっていた。
MOAの頭上へ黒い影が落ち、不快な羽音がマルチデバイスから、鼓膜へ揺さぶりをかけてきたのだ。
思わず俺と蒼太はMOAのメインカメラを上へ向けるがもう遅い。
「KItitititi!!!」
身体は鋼のような甲殻に覆われ、4枚の羽で自在に空を飛び、MOAの装甲さえも容易に噛み砕く顎を持つ、トンボともドラゴンとも取れる奇怪な巨大生命体ーー国際呼称:ペストが、俺と蒼太のMOAを噛み砕こうと、目の前に迫っていた。
その時、俺たちの後方から無数の劣化ウラン弾が打ち込まれてきた。
さすがのペストの甲殻も、劣化ウラン弾の応酬には耐えきれず、その場で爆散した。
しかし、次のペストがこちらへ迫ってきている。
『めぐみん! あとはよろ〜』
『う、うんっ! ななみんも、離れてっ!』
今度は俺と蒼太の頭上を、滑空砲やマルチミサイルランチャーをなどを搭載した、重装甲砲撃支援型のMOAが飛んでゆく。
そのMOAはあろうことか、腕部に装備した滑空砲の砲身をまるでトンファーのように、ペストの頭部へ叩きつけ撃破するのだった。
(相変わらず、姿勢制御が神がかってるよなぁ……)
こうした無茶な機動は着地時に、二足歩行兵器の要である"脚部"に大きな負担を与え、故障の原因につながる。
重装型のMOAは歩行をするだけで、脚部アブソーバーに多大な負荷を与えてしまう。
よって、重装型は平時においても脚部の両外側に装備されている、変形用の無限軌道帯の使用が推奨されている。
そんな機体へ宙を舞わせ、さらにジャンプブースターのこまめな操作によって、脚部への負荷を最小限にし着させる"めぐ"のテクニックは、神の領域に踏み込んでいると言っても過言ではない。
『しゅうちゃん! だ、大丈夫!? どこも、怪我してないっ!?』
わざわざ映像回線を使って、同期の橘 恵訓練兵が……"めぐ"がひどく心配した声と表情を映し出してくる。
「あ、ああ、まぁ……大丈夫……めぐのおかげで……」
『よかった……!』
「相変わらず、めぐのあの機動は凄いね」
『そ、そんなことは……あ、あれ? 404のエラーコード!? え? ええっ!?』
『めぐみん、さっきちょっと姿勢制御ミスったでしょ? たぶん、左脚部の3番と4番当たりの人工筋肉の繊維が断裂してるかもよ?』
今度は同じチームの鮫島 七海訓練兵が映像回線を割り込ませてくる。
鮫島さんの浮かべるニヤニヤ顔に、俺は嫌な予感が拭えずにいた。
『あっ! ななみんのいう通りだ……だったら、3番と4番の回路を遮断して、他のからバイパスを……』
『にしてもさぁ、さっきの"しゅうちゃん"ってのはなぁに?』
……やっぱり鮫島さんはそのことを突っ込んできた。
修正作業をするめぐの動きがぴたりと止まる。
『あ、あれはそのっ!』
『この間まで確か"田端くん"だったよねぇ? やっぱさ、なんかあったんでしょ? 総評験の夜にさ?』
『そ、それはっ!』
『おい、七海、その辺にしとけよ。いくらシミュレーター訓練だからって……』
と、蒼太が危惧した通り、最優先の映像回線が開かれた。
『貴様ら! いい加減にしないか! 訓練だからといって気を抜きすぎだ! 本訓練の後、ヒトハチママルマルにM小隊は擬似完全装備を施しグラウンドへ集合だ! わかったか!』
林原軍曹殿は叱責と同時に、ご丁寧にも今夜の予定さえも告げてくるのだった。
「「「「りょ、了解!」」」」」
擬似とはいえ完全装備は30キロもあり、それを背負って、行軍やトレーニングをさせられることが確定してしまったらしい。
『あと〜さっきの私語のぶんはちゃんと減点しとくからね〜。もし挽回したいなら、1番早く母樹を撃破しないとね〜』
採点係をしていた真白中尉からも、優しい声音ながら、悪魔のような宣言が下される。
俺を含め皆が落ち込んでいると、
『み、みんな! な、なんとか挽回しよっ! で、できるよ、私たちならっ!』
M小隊の小隊長を任されている、めぐは俺たちを激励してくれたのだった。
『めぐみんのいう通りだね! 今夜の予定は確定でも、ここではいい成績を残さなきゃ! ねっ、蒼ちゃん?』
『お、おう! そうさ! やるぜ、シュウ!』
『も、もちろん!』
『陣形をダ、ダイヤモンドクロスに変更! シュウちゃ……あうぅ〜……田端訓練兵が最前衛をお、お願いしますっ!』
★★★
ーー元の世界に戻ってきてからというもの、俺は頻繁に異世界での出来事を夢に見ていた。
そしてこれまでは、そのほとんどが、皆や"めぐ"の死の場面だった。
(でも、今夜のはすごくいい夢だったな……)
今思えば、あの頃が1番楽しく、そして俺に"これからも異世界で生きてゆく"と決意させていた時期だった。
しかし、あの演習の数ヶ月後、俺とめぐを残して皆は……
(いけない。せっかく目覚めが良いんだ。余計なことは思い出さないでおこう)
そして、おそらく、1番楽しかった時期の夢を見たということは、俺自身が今の生活に満足しているということの表れなのかもしれない。
だって今日は、待ちに待った、めぐやクラスのみんなとの"ジャガイモ収穫の日"なのだから