愉快な我が担任たち
「集合っ!」
基地祭に向けての準備をしている最中、突然、林原軍曹殿からの号令がかかった。
俺たちは作業を放り出して駆け出し、向こうで待つ、林原軍曹殿と真白中尉殿の前へ、横隊で整列したのだった。
「みんなー、訓練の後に毎晩こうして頑張って準備しててお疲れ様ぁ〜。いつも戦闘服で作業をしてたら雰囲気出ないよねぇ。だから良かったら、これを着て作業してねぇ!」
と、真白中尉殿は足元の段ボールから、背中へは第256訓練隊と、そして胸元には関東方面隊の部隊章がプリントされたオリーブグリーンのTシャツを取り出す。
「貴様ら! これは真白中尉殿が、頑張る貴様らをご覧になり特別に用意してくださったものだ!」
俺を含め、一同は声を上げずとも、かなり興奮した様子を見せていた。
「さらにこの美しいオリーブグリーンは、中尉殿自らが染めてくださったものだ! よって大切に着用するように!」
「もぉ、みどりちゃん? 今は訓練じゃないんだから、そういう言い方はダメだよぉ?」
「こうした場面でも規律は必要です!」
「さっきまで"みんな喜んでくれるかな?"とか言って、ソワソワしてたくせにぃ〜」
「ば、ばかユキ! なんで今そのことを……!」
「あー、今、上官に対してバカっていったなぁ? 軍法会議にかけちゃうぞぉ?」
「し、失礼たしました、中尉殿!」
さすがの"鬼の林原軍曹殿"であっても、幼馴染で今は上官である真白中尉には逆らえないらしい。
たまに垣間見える、林原軍曹殿と真白中尉殿とのこうしたやりとりは、過酷な訓練やこの世界の生活で、癒しの一つとなっている。
「き、貴様ら、さっさと中尉殿から受け取れぇっ!」
「お手製だからプリントや色にちょっとムラがあるのは許してね」
この世界では、こうしたことはきっと贅沢に違いない。
だからこそ、俺を含め、皆はありがたく真白中尉殿のご好意を受け取るのだった。
★★★
鮫島さんとめぐの"クラスTシャツが作りたい!"という願いを受けて、家庭科教員が駐在する、家庭科準備室の前へやってきた。
「し、失礼いたします! 田端です。真白中尉……真白先生はいらっしゃいますか!?」
ノックをしたのち、そう叫ぶと、扉の向こうから「どうぞ〜」と柔らかい声が聞こえてくる。
扉を開けると、真白先生が笑顔で迎えてくれた。
「田端くんがここへ来るなんて初めてだねぇ〜先生、結構嬉しいぞ?」
「あの……本当に入ってよろしかったので?」
「んー?」
「いや、あれは……」
俺の視線の先にあるカーテンがぷっくり膨らんでいた。
必死に隠れているのだろうが、タイトスカートの端が、カーテンから飛び出ている。
「ちゃんと隠れられてないから、そういうの余計に恥ずかしいと思うよ?」
「お、お疲れ様〜田端くん、あはは……」
カーテンの裏から、何故かジャガイモのお菓子を持った、林原先生が姿を現す。
たしかあれは先生方の地元である北海道限定の非常に美味しいお菓子のはずだ。
「仕事サボって、お菓子食べてたのバレちゃったね?」
「違うの田端くん! これは、そのええっと……!」
「確かにこの時間は小腹が空く時間ですよね、わかります」
こちらが理解を示すと、林原先生はため息まじりに、椅子へ座るのだった。
「理解ある生徒で助かったねぇ〜」
「うっさい、バカっ! って、田端くんのことじゃないから! 生徒をバカだなんて言わないから!」
「で、田端くんは、サボり魔の翠ちゃんにじゃなくて、私に用事があるんだよね?」
真白先生は林原先生を捨て置いて、俺へ聞いてくる。
「実はおり言って相談が……」
俺は真白先生へクラスT制作の件と、悩みどころを相談する。
家庭科の先生で且つ、異世界では俺たちへ何かしらの手段で専用のTシャツを用意してくれたので、知恵をお持ちではないかと思い、相談を持ちかけていたのだった。
「そういうことならシルクスクリーンで作ったらいいね。感覚的に無地のTシャツへ、ロゴのハンコを押す感じかな」
「俺たちでもできそうですか?」
「できると思うよ。シルクスクリーン自体は高くて3000円くらいで作れるからね! あとで参考になる資料を出しといてあげるね」
「助かります! ありがとうございます!」
「デザインは決まってるの?」
「あてがあります」
「ならデザインと印刷の費用はおさられるねぇ。あとはTシャツ本体をどうするかだねぇ……」
さすがの真白先生でも、Tシャツ本体に関してはアイディアを持ち合わせいないらしい。
しかし、印字・デザインが自分たちでできるとなると、制作費用はかなり安くできる。
(さっき、簡単に調べたところ、無地のTシャツなら一枚800円程度で仕入れられる。これぐらいなら……)
「みどりちゃん、ちょっと出してあげればー?」
「ええ!? 私が!?」
驚く林原先生へ、真白先生は屈託のない笑みを送る。
「だってぇ、さっき私と田端くんが話しているの、羨ましそうにみてたじゃん?」
「うぐ!? そ、それは……」
確かに、算段を練っていた真白先生と俺の横で、林原先生は少し寂しそうにはしていたが……
「みどりちゃんだって、担任として少しはこの話に噛みたいんでしょ?」
「うっ……」
「あ、あの、真白先生、そのあたりにしてはどうかと……林原先生がお困りになっているようなので……」
さすがの林原先生も困り果てた様子を見せていたので、助け舟を出すのだった。
「なにー? みどりちゃん、お金が惜しいのぉ?」
「ち、違うわよ。別にお金の問題じゃ……してはあげたいんだけど、こういう前例を作っちゃうと、他の先生方のご迷惑になるんじゃ……それに生徒たちのイベントだし、私たちがあれこれするのはどうかと……」
「ふふ、相変わらず真面目だねぇ。だったらこっそり半額だしてあげれば? これで徴収するにしても一人当たり400円くらいで済むし」
「ああ、確かに……!」
確かに……で、林原先生は良いのだろうか?
しかし、こちらにとっては有益な話の展開なので、口を挟むのはどうかと判断する。
「説明は言葉の上手い田端くんにお任せてしてさ! ねっ?」
「あの……本当に宜しいので?」
俺がそう聞くと、林原先生は優しい笑みを返してきてくれた。
「良いのよ。なんだか毎日一生懸命準備をしているあなた達をみていると、とっても嬉しくなっちゃって。こんな形でも良かったら、受け取ってくれるかしら?」
林原先生にここまで言わせて、断るのも良くないと思った俺は、喜んで提案を受けることにしたのだった。
「勤務時間にサボってお菓子を食べてにきてた口止めにもなったねー」
「なっーー! そ、そんなことないわよ! 余計なこというな、バカゆき!」
「あれれー? もしかして少しでもそんなこと思ってたぁ?」
「うぐっ……!」
異世界でも、元の世界でも、2人はとても仲良しのようだ。
そして、この方々のこうしたやりとりを、再び目にできて俺は嬉しく思っていた。
(さて、じゃあ、今夜アイツへデザインの依頼をしにゆくかな……!)