皆と一緒に良い思い出を
「では、僭越ながら自分から、本案の概要を説明させてもらう!」
めぐ、鮫島さん、蒼太やクラスメイトの期待を視線を一心に浴びる。
山碕はとりあえずいないものだと考える。
かつての陰キャで軟弱な俺のままだったら絶対に怯えていた事態だ。
しかし、今の俺はあの時とは違う――!
「本案の肝であるこのハッシュドポテトボールの調理方法だが ご覧の通り、非常に簡単なものだ。たこ焼き案のさい上がっていた、"誰もが上手に焼けるかどうか"という点は問題ないだろう! さぁ、実際にやってみてくれ!」
何人かの生徒に実際にやってもらい、本当にただ転がすだけというのを体感してもらう。これで調理への心理的なハードルは下がったことだろう。
次いで俺は先ほど、めぐが折ってくれた、新聞紙の四角い容器――席替えの際、俺が作って見せたもの――をかざして見せた。
「容器はこのように古英字新聞を折ったものを採用する。これにはエコロジー及び雰囲気づくりの意図がある!」
この案に関しても皆から好感触が得られた。
この案の原点はやはり、資源に乏しく、使えるものは何でも使わなければ生活が成り立たなかった、過酷な異世界の生活体験からだ。
幸い元の世界も現在SDGsが声高らかに叫ばれており、俺たちの世代にもよく普及している。だからこうした“エコ”と、なんとなくかっこいい“英語のもの”は皆の関心を引くのに十分な素材だったようだ。
「あのさー田端―、そんな簡単に英字新聞なって手に入るもんなの?」
「古英字新聞の手配に関しては、すでに英語科全ての先生方へ確認済みだ。本案が可決されば、提供してもらえる運びとなっているので安心してもらいたい」
もちろん、そうした質問は想定済みだったので、朝一で確認した事柄を説明する。
「そんなことよりもさ、これめっちゃエモいっしょ!?」
と、鮫島さんは昨晩、俺の家にて試作し、スマホで撮影した、ハッシュドポテトボールの画像を見せた。
珍しさとオシャレ感もあって、主に女子生徒からは好感の声が上がっていた。
まさに"ばえる"料理である。
「材料であるジャガイモに関しては、蒼太の知人にじゃがいも農家を経営してる人物がおり、農協へ出荷できない廃棄品を格安で仕入れるものとする!」
蒼太へも皆の意外そうな視線が集まった。
しかしこれによって親友の株も上がることだろう。
「食材、容器共にほぼ無償に近い形で手配できるので、クラス予算の大半を他のことに利用できる!」
期待感が高まっているのが良く分かった。
そしてそんな空気はとても心地よいものだと感じた。
「我が隊は、自由になった予算を使って――"アイリッシュパブ風"のカフェを展開したいと考えている!」
うっかりクラスのことを“我が隊”と言ってしまい、それを聞き取った一部のクラスメイトが苦笑いを浮かべ、少しだけ恥ずかしかった。
「み、みんな! 面倒をかけて、ごめんなさいだけど"アイリッシュパブ"で画像検索、してくださいっ!」
めぐの一声で皆は一斉にスマホを操作し、画像検索を開始した。
そして出てきた、木目調のおしゃれなパブの画像に、興奮を隠しきれないと言った状況となる。
「はーいっ! なんであえて、この形式でやろうと思ったんですかぁ!?」
クラスメイトの中から、純粋な疑問としての声があがった。
ちょうど、説明をしようとしていたところなので、絶好のタイミングだった。
「パブの最大の特徴はキャッシュオン――つまり、こちらがオーダーを取るのではなく、お客がこちらの用意したカウンターで出向き、商品の供出を受ける形式だ。これにより、当日の人員は最小限で済ませる意図がある! 接客が不慣れな人でも対応が容易になると確信している!」
所々から関心の声が上がり、反応はこの上なく上々。
皆の目にはすでに強い輝きが宿っている。
「よって、我が隊……ではなく! 我が2年6組はハッシュドボールポテトを主力に、アイリッシュパブ作戦を展開! これをもって最優秀賞の獲得を目指すものとする!」
一瞬、教室が静寂に包まれる。
皆、俺の勢いに圧倒されてしまっているのだろう。
そんな中、俺は言葉を続けた。
「もちろん、これは案に過ぎない。皆には様々な事情があることは重々に承知している。山碕君が発案してくれた、展示も悪いものではない。だが、せっかく鮫島さんが模擬店出店の権利を獲得してくれたんだ。俺はそのチャンスを活かしたい!」
鮫島さんは俺の脇で、少し照れくさそうにしている。
「俺はこの企画を皆と共に実行し、良い思い出を作りたい! しかし、そのためには皆の協力が必要不可欠だ。もしもこの案を認めてくれているのなら、どうか、よろしく頼む」
俺は皆へ向けて頭を下げた。
やがて、万来の拍手が湧き起こり、皆が俺たちの案に同意してくれたこと、この身に感じる。
「みんな、ありがとう! 絶対に成功させよう! 以上ぉっ!」
と、全て言い終えると急に恥ずかしくなってきてしまう俺だった。
「あ、あとはよろしく……」
俺がでしゃばるのはここまで。
あとは委員長のめぐと実行委員の鮫島さんに場を任せるべく、やや後ろへ下がる。
すると、めぐがするする横へ寄ってきて……
「熱いしゅうちゃんも……か、かっこいいね!」
「――っ!」
「あとは任せてっ! ここまでありがとっ!」
めぐはそう言って、みんなの前へ立ち、鮫島さんと協力して、役割分担を決め始めるのだった。
(実はこの案は、全部、異世界のめぐたちが考えたことなんだよな……)
食糧事情の悪い異世界の日本では、まともな食べ物がほとんどなく、天然食材はじゃがいもくらいだった。
普段は蒸して食べていたのだが、それではお祭りらしくはないとのことで、基地祭に際しめぐが発案したのが、先ほど皆へ提案したハッシュドポテトボールである。
(異世界のめぐは、かつてアイルランドへ行ったことがあり、その時の記憶を頼りにアイリッシュパブのことを俺や皆へ伝えて、基地祭で展開したんだよな……)
そして、異世界での基地祭のときも、今のように皆は快く賛同してくれて、凄く盛り上がった。
俺はあくまでそれを元の世界で再現したに過ぎない。
(あのお祭りの後、皆はすぐにジュライやペストに……でも、大丈夫だ。元の世界にそんな脅威はない。この思い出は皆の中に、そして俺の中にもいいものとして刻まれ続けるはず!)
「ちっ……田端のくせにっ……! おい、行くぞ!」
「ま、待ってよ山ちゃん!」
「ふーい」
皆が沸き立つ中、再び立場を失った山碕とその連れの川島と豊田は、つまらなさそうな様子で教室を出てゆくのが見えた。
なんとなく、豊田はこの輪に加わりたさそうな雰囲気であった。
ああいう輩が、こうしたイベントには一定数存在するのが常だ。
だから、無理に引き留めたりしないほうがいいだろう。あいつらなどは無視したほうが皆のためになる。
(むしろあんな奴に構っている暇はない。これから忙しくなるぞ!)