混迷する学園祭の会議
「って、わけでぇ〜何をやるかみんなの意見を聞きたいと思いますっ!」
「えっと……今から配るのが、出店に関する注意事項ですっ……! よく読んで、意見をお願いしますっ……!」
鮫島さんと一緒に壇上に立つ、委員長のめぐはおろおろしつつ、プリントを配布し始める。
手助けしたい気持ちはあるも、ここで動き出すのは妙なことこの上ないので、じっと堪えている俺なのだった。
なにせ今回の俺の副委員長としての仕事は議事録の記入なのだから。
配られたプリントによれば、模擬店の出店に際し、野外の調理は基本不可で、家庭科室で仕込むことなど、色々と書かれてはいるが、比較的自由度は高そうであることは確認できた。
(それにうちの副担任は家庭科担当の真白先生だ。あの人にお願いすれば色々と自由度の高い模擬店が再現できそうだな……)
議事録を記入しつつ、色々と思案を巡らせていると、
「何もないなら、私、たこ焼きカフェをやりたいと思ってます!」
比較的声の大きめな鮫島さんがそう言い放つ。
すると、いつも彼女と仲良くしている、陽キャな女子たちが盛り上がり始めた。
「それだったら、なんかドリンクも欲しいよねぇ!」
「コスプレとかもしちゃう?」
「いいね、それぇ!」
「じゃあ、コンカフェみたいな感じにしちゃう!?」
「あ、あのっ、鮫島さんっ……!」
と、盛り上がる鮫島さんたちの間へ、勇気を出して割って入っためぐだった。
「なに?」
「えっと、意見、たくさん出してくれるのは、良いんだけど……みんなの意見も……!」
「えー? だってみんな何にもなさそうじゃん?」
鮫島さんは、少し苛立たしげにそう言い放し、クラスをぐるりと見渡した。
「てか、たこ焼きってそんなに簡単に焼けるもんなの?」
ふと、1人のクラスメイトが声を上げた。
確かに俺自身も、たこ焼きは焼いたことがないので、果たしてうまくできるのかと疑問に思うところはある。
すると、堰を切ったかのように、さまざまな意見が、各所から噴出する。
ーー肝であるタコは年々値上がりしているので、予算的に大丈夫なのか。
ーーたこ焼きが大丈夫なら、焼きそばをやりたい!
ーーもっと映えを意識した可愛いもの!
ーー面倒くさい。
ーーなんか、一部だけで盛り上がってね?
……などなど、活発なのはいいが、だんだんと収集がつかなくなってきている。
「あ、あの! み、みんな、意見は手をあげて……!」
めぐがそういうが、元々声が小さめな彼女なので、みんなへ届くはずもなかった。
「やっぱさー、たこ焼きは止めようよ。わたし、タコ嫌いだし」
とあるクラスメイトの発言に、壇上の鮫島さんは顔を真っ青に染めた。
「ちょ、ちょっと、それ困るよぉ! だってウチ、もうたこ焼き機買っちゃったんだよ!? せっかくだから使わせてよぉ!」
鮫島さんの爆弾発言に、教室内が静まり帰る。
「それは鮫島が先走っただけだろ?!」
そう発言したのは、始業式の日に、俺にしてやられてから、あまり立場の無くなってしまった山碕だった。
「だって、ウチ、やりたくて……」
「だから、それって鮫島が勝手にそう思ってただけだろ?」
「そ、それは……」
「実行委員だからって、勝手に決められると困るんだよなぁ。お前1人の行事じゃないんだから。みんなもそう思うよなぁ?」
山碕の問いかけに皆は黙り込んでしまった。
いつもは底抜けに明るい鮫島さんも、狼狽えてしまっているし、彼女の友達も言葉を挟まなくなっていた。
「やれやれ、なんで俺がみんなを代表して怒らにゃならんのか……おい、鮫島! どうすんだよ! お前実行委員なんだろ? なんか言えよ!」
「そ、それは……」
相変わらず山碕という輩は、自分がマウントを取れると確信するや否や、調子に乗って相手を徹底的に叩く、といった嫌な性格をしていた。
この状況は看過できないのか、林原先生は厳しい表情を浮かべてた。
更に蒼太も、何故か山碕へ殴りかかりそうな雰囲気を醸し出している。
(さすがにこの状況はまずいか……)
と、思い、立ちあがろうとしたのだが、それがまずいと思い、踏みとどまる。
(このクラスの委員長はめぐだ。副委員長の俺が、でしゃばるのは、彼女の立場を危うくしかねない……)
おそらく林原先生が未だに口を挟まないでいるのも、そうした判断があるかと思われた。
しかし、鮫島さんのためにも何かしらの手を打つ必要があるのは明白だ。
どうするべきかと判断に悩んでいる時のこと。
何故か壇上のめぐと俺との視線が重なる。
(俺に助けを求めている? でも、少し違うような……でも、この状況って……)
ーーそういえば、異世界での戦略会議でも同じような場面があった。
そして、その時の俺が選んだ行動、それは……
「ッ!!」
俺は強い眼差しとわずかな頷きを壇上のめぐへ送った。
「ーーっ!!」
どうやらめぐも、俺の視線に気がついてくれたらしい。
俺はダメおしで、もう一度『あとでなんとかするので、とりあえずこの場を収めて欲しい』との意思を送る。
「や、山碕くん! そしてみんな! ちょっと待ってっ!!」
めぐは珍しく声を張り上げた。
誰もが驚き、めぐへ視線を注ぐ。
「ひっーー!」
こんな状況は初めてなのだろう。
めぐは肩を震わせ、怯む。
そんな彼女へ再度、俺は『大丈夫だ! 俺がついている!』という意味を込めた眼差しを向けた。
するとめぐは"ほうぅ"と息を吐き、気持ちを落ち着けるのだった。
「えっと……こ、このまま、話を進めても、なにも進まないと思いますっ……!」
何度も言葉を詰まらせつつも、必死にみんなへ訴えかけるめぐ。
そんな彼女の様子に、山碕をはじめ、クラスメイト全員が黙り込む。
「明後日のホームルームまでに、鮫島さんを含めて、考えをまとめてきますっ……! だ、だからっ! わ、私たちに少し時間をくださいっ!!」
めぐは亜麻色の髪を振り乱し気味に、深く腰を折って見せる。
「それが良さそうね。そうしましょう」
すかさず林原先生が割って入った。
さすがに担任が間に入れば、皆は黙りこみ、混乱は収束するのだった。
「橘さん、鮫島さん、頼みましたよ」
「は、はい! がんばりますっ!」
林原先生がそう締めくくり、混迷を極めた模擬店の会議は終了を迎えるのだった。
(さて……めぐに大みえを切らせたんだ。しっかりとサポートしないとな)