重なる二人のめぐの姿
「答案の返却の時って、緊張するね……」
ふと、1時間目の始まり5分前に、めぐがそう尋ねてきた。
「もしかしたら、先生はまだ採点してらっしゃらないかもしれないぞ?」
「先生は仕事が早いことで有名だから、返却は今日。絶対!」
確かに異世界での林原軍曹は周囲が認めるほど、仕事が早く、さらに的確だった。
日本史のテストは三日間ある中間試験の初日に実施されていたため、先生が採点を済ませている可能性は高い。
やがてチャイムが鳴り、予想通り、答案の束をもった林原先生が入ってくる。
一瞬、教室へ緊張感が走ったのは、お約束通りだ。
「みんな試験お疲れ様でした。今回はみんなかなり頑張ったわね。なんと100点をとった人もいるのよ!」
100点という言葉を聞き、教室が先ほど以上にどよめく。
そして、林原先生が"田端くん!"と名前を呼び、俺へ視線が集まる。
「へ……? じ、自分、ですか……?」
「そうよ。早くいらっしゃい!」
未だに信じられずにいる俺へ、林原先生はにこやかな笑みを浮かべつつ、答案用紙を返す。
丸以外は一切ついていない、正真正銘の100点満点の答案用紙だった。
ちなみに100点満点は人生初である。
「よく頑張ったわね。教科担当としてもとても嬉しいわ。これからも頑張ってね!」
「は、はっ! 全力を尽くします!」
やはり出てしまった敬礼、であった。
先生は苦笑いを浮かべ、教室中からは微笑ましいクスクス笑いがあがったのはいうまでもない。
それから順次、答案が返されてゆく。
答案を返却されためぐも、ホクホク笑顔だった。
「点数良かったのか?」
「うん……!」
めぐはスッと椅子を寄せて、
「しゅうちゃんがコツを教えてくれたおかげ。ありがとっ! また一緒に勉強しようね!」
小声でそう囁きかけられ、俺は一瞬、軍服姿のめぐを見たような気がした。
驚きが強すぎ、俺はしばし硬直してしまう。
「ど、どうかした……?」
「え……?」
「なんか凄くぼーっとしているような……驚かせた……?」
めぐが不安そうにそうきいてきたので、俺は「なんでもない」と返す。
「本当?」
「ああ。前を向こう。先生が少々こちらを睨んでいるから……」
答案返却も終わり、先生はそろそろ授業を始めたいらしい。
めぐもそうした先生の視線に気づき、すぐさま席を戻すのだった。
⚫︎⚫︎⚫︎
この日は各教科担当の先生たちが次々と答案を返却してくれた。
俺は、転移前の自分では到底信じられないほどの、高得点の数々を叩き出している。
日本史以外にもちらほらと100点満点が存在していた。
(これは学年順位も期待できるのでは……?)
この学校では学年における成績上位30名までが張り出されるシステムである。
以前の俺は、こんな張り出しなどには無縁な中の下の成績だった。
しかし……
「載ってる……? 俺が……!?」
成績上位の常連の中に、なんと俺の名前が初めて載っていたのだ。
しかも、5位。大快挙である
「ふふん、勝っちゃった♩」
と、傍から覗き込んでいためぐは勝ち誇ったかのような顔を向けてくる。
めぐは4位だった。
「やっぱりめぐは凄いな。おめでとう!」
「実は私もこの順位は初めて!」
「そうなのか?」
「いつも、だいたい、9位とかだったから……」
学年でもベスト10に選ばれるのだから大したものである。
ちなみに過去の俺のハイスコアは50位代だ。
「苦手だった歴史でいい点が取れたから……えっと……全部、しゅうちゃんのおかげ! ありがとっ!」
ーー『しゅうちゃんと……えっと……シミュレーター訓練をするようになって、すごく成績が良くなった! ありがとっ!』ーー
不意に"異世界のめぐ"の記憶が蘇える。
きっと、"元の世界のめぐ"に同じようなことを言われたのを思い出したからだ。
こうしたことが、俺の中で度々起こるようになったのは、俺たちがお互いのことを"しゅうちゃん"・"めぐ"と呼ぶようになってからだった。そしてその度に俺は甘く、切なく、結末が非常に悲しい、"異世界のめぐ"との記憶を思い出し、胸が張り裂けそうになる。
「大丈夫……?」
めぐが少し不安そうな様子でそう言ってくる。
「え?」
「なんか、えっと……少し寂しそうな……」
「実はあんまりこういう経験がないから、多少不安はあるな。俺のこの結果を見て、妙な対抗心を抱く輩も
出てくるだろうから……」
なにせ俺は元の世界では、これまで表舞台などとは一切無縁な人間だったのだ。
そんな俺がいきなりこんな形で名前を知らしめてしまった。
それを快く思わなかったり、出る杭を打ちたい連中が出てくるものだと思われる。
と、こんな考え方をしてしまうようになったのは、やはり"異世界での生活"が影響していた。
("共通の敵が現れれば、人類は団結できる"と誰かが言っていたが、決してそんなことなかった……異世界でも、やっぱり人間同士でも争っていた……特に、北海道における、日本壊滅の時はクーデター派と、ユーラシアの連中にまで上陸されて絶望的な状況だったよな……)
久々に強く思い出してしまった、異世界生活の記憶に気持ちが沈み込む。
ふと、そんな中、指先が温かい感触得るのだった。
「わ、私はっ……ずっと、しゅうちゃんの味方だからっ……絶対に1人にしないからっ……!」
誰にも気づかれないよう、こっそりと。
しかしめぐは俺の指先をしっかりに握りしめつつ、そう囁きかけてくれている。
「ありがとう、凄く頼もしいよ」
俺もめぐの指を握り返す。
彼女は一瞬、ビクンと体を震わせ、それっきり黙り込んでしまう。
「そろそろ教室戻ろうか?」
「そ、そうだね……!」
多少の名残惜しさを覚えつつ、互いの指を解いて教室へ戻ってゆく。
「おい、シュウてめぇ!」
と、いきなり、蒼太が俺へ掴み掛かってきた!?