橘さんからの告白
「お昼はペペロンチーノ、チキンソテー添え、ですっ!」
茹でたてのパスタから立ち上る、香ばしいニンニクの香り。
美味しそうな焦げ目のついたチキンソテー。
これを15分で仕上げてしまうのだから、料理に関して橘さんは本当にすごいと思う。
そして安定の旨さであった。
「ど、どう?」
「相変わらず美味しゅうございます」
「良かった、ですっ!」
「でも、なんで急にお昼をつくろうだなんて……?」
「あ、えっと、それは……田端くんが、作ったものを、食べてるところ見たかったから……は、はやく食べて! 冷めちゃう!」
どうにも腑に落ちない態度だった。
しかしこれ以上、不要な突っ込みをしてしまうと、もしかしたら地雷を踏んでしまいかねないような気がしたので、黙っておくことにした。
だがそれが仇になってしまったのだろうか。
妙に昼食の空気が重くなり、いつものように会話が弾まない。
それとなく、橘さんも浮かない顔をしているような気がする。
(本当にどうしたんだ、橘さん……?)
「あ、あの、田端くん……ちょっと、その……」
意を決したかのような橘さんの視線だった。
何か聞きたいことがるらしい。
「何か聞きたいことがあるんだな。遠慮なく話してくれ」
「……さっき話してた"因果"って言葉……」
「ああ」
「……をたくさんつかうお世話になった人って……せ、先生のことじゃ……!?」
先生とは"林原先生"のことを言っているのだろう。
おそらく橘さんは、まだ俺と先生の関係を誤解しているらしい。
これは早々に解決しておかなければならない問題だと思った。
「違う人だ。先生の友達? ではあるが……白石さんという方なのだが……」
「先生のお友達……?」
「ひょっとすると、林原先生よりもお世話になった人かもしれない。なにせ右も左もわからなかった俺へ、白石さんは手を差し伸べてくれたんだ……」
「……」
「あの人たちがいてくれたから、俺は変われたんだ。だから感謝しているっていうか、どうも印象深く残っているというか……」
「……」
「橘さん……?」
「……ごめんなさい……」
突然、橘さんはその場で深々と頭を下げ、謝罪を口にする。
いきなりそうされて、俺は強い戸惑いを覚える。
そんな俺へ橘さんは彼女は徐に口を開き、
「……実は……知ってました……去年まで、田端くんがすごく辛い目に遭っていたことを……」
転移前の山碕たちに嫌がらせを受けていた時の俺のことを指しているのだろう。
「知ってたのか?」
「それとなくは……みんなも、噂してて……でも、いくらお隣さんでも、去年まではクラスは別だし、親しくもないし、だからその……見て見ぬふりをずっとしてて……」
そう語る橘さんだったが、実は彼女の真意はだいぶ昔から気がついていた。
――俺が異世界へ渡った日の夜のこと。
拳をぎゅっと握りしめた彼女に声をかけられたが、俺はその場から逃げ出していた。
(きっとあの時、橘さんは勇気を出して、俺に声をかけようとしてくれてたんだ……ボロボロだった俺へ……)
異世界のめぐも、何かを決意した時、勇気を振り絞ろうとした時は、拳を強く握りめる癖があった。
先ほど、橘さんは"見て見ぬふり"などと言っていた。
しかしあの時の"元の世界の橘さん"も、彼女なりに行動へ移そうとしていたのだろう。
「君が気に病むことじゃない。むしろそれが当たり前だと俺は思っている」
そういうと橘さんは意外そうな表情をこちらへ向けてくる。
「誰だって、あえて火中の栗を拾おうだなんてしない。俺だって、その……ついこの間まで、いくらお隣さんでも、橘さんは別世界の人だと思っていた……」
「……」
「学校っていう狭い世界であっても、そこには色々な世界があって、色々な立場があって、そのうえでみんな行動しているわけであって……俺と橘さんは住む世界はまるで違っていたから、お互いに見て見ぬふりをするのは、当たり前だったと俺は思っているし、そんな君を俺を非難する気なんてない。むしろ、"今"に目を向けて欲しいと思っている」
「今……?」
「色々な偶然が重なって、俺と橘さんは"今"こうして一緒にお昼を食べているし、勉強もしている。今の俺は橘さんのことを遠くの存在だなんて思ってないし、もしもし君がとても困った状況に陥っていたら……何がなんでも助ける……必ず!」
言っているうちに、自分自身がとんでもないことを口走っていると思った。
しかし一度知らせてしまった以上、知らせる前に戻すことなど、決してできない。
「……私も……もう逃げない!」
先ほどまで落ち込んだ様子を見せていた橘さんは、珍しく凛々しい表情を向けてくる。
「私も、もしもし田端くんが困っていたら、ちゃんと助け、ます……私じゃ、頼りないかもしれないけど……でも、私一生懸命、田端くんのために頑張るって約束、しますっ……!」
何度も詰まりながら言ってくれた今の言葉は、俺にとってこの上ないほど幸せなものだった。
「ありがとう」
「いえ……」
「な、なんか、意外に熱い話になっちゃったな! やはり橘さんってかっこいい人だと思うな!」
いつもの雰囲気に戻すべく、俺はあえてふざけたような声を上げる。
「あ、あの……!」
しかし未だ、橘さんの声音は少し切羽詰まったもののままだった。
髪の先端を指でいじくり回しているし、まだ、なにかあるらしい。
「こうしてお互い、素直にお話ししたわけですし……そろそろ私たち……か、変わりませんか……?」