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橘さんと二人きりの勉強会


 それにしても今日の橘さんは、昨日の帰りと比べ、ニコニコしていてとても機嫌が良さそうだと思った。

どうやら、昨日の林原先生との誤解は解けているらしい。


 そうして10時きっかりに、橘さんとの勉強会が開始となり、お互いにそれぞれの課題へ視線を落としてゆく。


「……」


問題を解いている最中、なんだか視線のようなものを感じて顔を上げる。


「あっ……!」


橘さんと目があった。彼女は慌てた様子で、再びノートへ視線を戻す。


(なにか聞きたいことでもあったのか? まぁ、何かあれば聞いてくるだろう)


こちらも数学の参考書へ視線を戻し、問題を解き始める。

だけどやっぱり視線のようなものが気になってしまい、


「なにか質問でも?」


「あ、いえ! そのっ!」


どうやら橘さんは今もこちらへ視線を寄せていたようだった。


「ええっと、田端くんって、歴史は得意……?」


「それなりには。なにかわからないことでも?」


「わからないというより……何かコツがあるのかなって……私、あんまり得意じゃなくて……」


 そういえば先日の小テストの結果が返ってきた時も、隣の席の橘さんは、少し苦々しい表情をしていたような気がした。

他の教科ではそうしたリアクションを見たことがないので、本当に不得手なようだ。


「年号や重要語句を覚えるよりも先に、因果を捉えた方が理解しやすいな」


「因果?」


「たとえば今回の範囲なら……縄文時代は狩りで生計を成していたが、大陸から稲作がもたらされ生活様式が変化し、大人数で生活するようになった。大規模な水田設備の管理をすることになったからだ。まず、こうした“原因”がある」


「ふむ……」


「だが、人が集団化したことで、これまで個人同士の資材の奪い合いでしかなかった争いが、大規模な戦いへ発展してしまった。そうした争いを収めるべく、現れたのが卑弥呼であり、彼女と邪馬台国のおかげで、争いは終結をみせるといった“結果”が生じた。以上が縄文から古墳時代前半までの因果だ」


「各時代をバラバラに覚えるのじゃなく、まずは流れで捉えるってこと、ですか……?」


「そうだ。そんな感じだ。歴史は原因と結果の繰り返し……因果でつながっている。そこを学習の柱とすることが重要だ」


「なるほどっ! 因果を土台に、たとえば、その時代にどんな文化があったのか、どんな人物が活躍したのか、なんかを積み上げて覚えて行けばいいんですね!」


 理解が早いと、逆にこちらが感心してしまう。

さすがは地頭の良い橘さんであった。


「ありがとっ! やっぱり田端くんって、すごい、と思います……! 因果なんて言葉、私使ったことない……」


「これはその……知り合いの影響で……」


 異世界にいた頃、俺よりも先に転移していて、右も左もわからない俺を導いてくれた"白石 姫子特務中尉"の口癖が移ったものだった。

ちなみに白石さんも俺と同じく、異世界へ迷い込んだ"転移者"だった。


(白石さんはしきりに"俺とあの人が転移したのは因果が関わっている。その原因を追求することこそ、元の世界へ戻る近道"といっていたよな……まぁ、俺も、白石さんも、その原因を探り当てる前に、異世界でMIA(戦闘中行方不明)になってしまっただけれど……)


 しかし戦死したはずの俺が、こうして元の世界へ帰還ができたのだ。

ひょっとすると、白石さんもまた俺と同じく……異世界での立ち振る舞いから、林原先生や真白先生とは友達ということがわかっている。

今度、機会を伺って、白石さんのことを林原先生か真白先生へ伺うののやぶさかでは……


「どうかしました、か……?」


気がつくと橘さんが、今度は怪訝そうな表情でこちらのことを見つめていた。


「あ、いや、なんでも……」


「もしかして、何か嫌なこと、思い出しちゃっい、ました……?」


 確かに異世界での白石さんや自分の死を思い出し、心がやや沈んだのは事実だった。

 とはいえ、その理由はどんなに説明をしても、橘さんへは伝わらないし、逆に不安がらせてしまうと思う。


「心配ありがとう。俺がこうして変われたのも"因果"って言葉を多用してた人の影響でね。ちょっとその人のことを思いだしちゃって……」


「そう……」


「勉強再開しよう! 時間もったいない! 不明点があれば、遠慮なく聞いてほしい!」


 そう告げ、参考書へ視線を落とす。

橘さんは、未だに釈然としない様子ではあったが、しかたないといった様子で勉強へ戻るのだった。



⚫︎⚫︎⚫︎



 そろそろ腹が減ってきた気がしたので、スマホへ視線を移す。12時だった。

そして橘さんもちょうど、ペンを置いたところだった。


「お昼にしようか」


「ん!」


 今日は勉強会なので、お昼はデリバリーにしようと、ということになっていた。

ほんと、元の世界はとても便利だと思う。


(まぁ、こうした技術をほとんど全て、MOAや戦争へ注いでいたから、俺みたいなガキでもまともに戦えたんだよな……)


そうしてスマホで昼に何を食べようかと選んでいる時のこと――


「今日は15分!」


何故か台所にはいつもの戦闘スタイルの橘さんが!?


「昨日、お昼はデリバリーにしようという話では……?」


「デリバリーが良いの……? 私の作ったお昼じゃ嫌……?」


 元の世界に戻ってきてから初めて、橘さんに睨まれた気がする俺だった。

すでに包丁を握っているので、なんだかとても見てはいけないものを見ているような気がしてならない。


「あ、いや、そんなことは……今日はさすがに負担ではと思っただけで……」


「この程度だったら、私は問題ない、ですっ……!」


「じゃ、じゃあ、お願いします……」


「うんっ!」


 俺がそういうと、急に橘さんはにっこり微笑んで、調理を開始する。

最近、ちょこちょこ橘さんの言動を察することができないのは、どうしたことだろうか……?

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