幕間 橘さんと辛味噌タンメン
「ご、ごめん、なさいっ! 今日、お買い物している時間がなくてっ!」
部活のせいでいつもより遅い時間に俺の部屋へ来た橘さんは、とても申し訳なさそうな様子であった。
「大丈夫だ、問題ない。なら今夜は外食でどうだろうか?」
「そうしましょっ!」
ーーと言うわけで、俺と橘さんは、2人きりでは初めての外食へ向かってゆく。
(さて、外食に誘ったものの、どういったお店を選ぶべきか……)
一応、こうした事態を想定しネットで"女性と行くのに相応しい飲食店とはどんなところか?"は調べておいた。
(ネットの情報によると、初めての女性との外食でファストフードやラーメン店はNGらしいな……。しかし、元の世界に戻ってから日が浅く、おしゃれなレストランなど全く把握していないのが俺の現状だ……)
ならファミリーレストラン辺りが妥当だろうか、と思っていたその時、
「た、田端くんっ! あそこに興味があるん、ですけど……!」
橘さんはおっかなびっくりな様子で、赤い看板の飲食店を指していた。
その名も【猛攻タンメン・なかだし】
激辛味噌タンメンを提供する、とても有名な店である。
「辛いの、大丈夫、ですか……?」
「あ、ああ、まぁ、それなりには……」
「じゃ、じゃあ!」
「わかった」
と言うわけで、行列に並ぶ俺と橘さんだった。
ちなみに、この店は男性客からの支持が厚く、橘さんのような可愛らしい女性客の姿は全くない。
(しかしここの辛味噌タンメンは、死ぬほど辛いと噂なのだが、橘さんは本当に大丈夫なのだろうか……?)
「楽しみ、ですね!」
俺の不安を他所に、橘さんは嬉々とした様子で、その時を待ち望んでいるので、余計なことは言わないでおくことにした。
かくして行列待ちに30分、着丼まで10分を要し、俺と橘さんの前へ、真っ赤な激辛タンメンが現れた。
「ず、随分と赤いな……」
俺が選んだのはなかだしで標準と言われる辛さ3レベルの"猛攻タンメン"
それでも十分に真っ赤なのだが……
「わぁ……美味しそうぉ……!」
橘さんの目の前ではスープが赤を通り越し、真っ黒に染まった辛さレベルMAX"猛攻タンメン・死兆星"が熱い湯気を上げていた。
隣に座っているだけでも、死兆星の放つ湯気が、俺の目を執拗に痛ぶってくる始末であった。
「だ、大丈夫なのか、それ……?」
「大丈夫、ですっ! それじゃあ……」
「「いただきます」」
ほぼ同時に俺と橘さんはそれぞれの辛味噌タンメンへ手をつける。
「うぐっ!? ふぬぅ……!?」
味も良い。麺も良い。
だが、レベル3でも舌が痺れてしまいほどの辛さで、正直味わっているどころではない。
(レベル3でこの辛さだと!? 橘さんは本当に大丈夫なのか!?)
「ん……はぁぁっ……んんっ……!」
突然、隣から妙に色っぽい吐息が聞こえてきた。
「はぁ、はぁ、はぁあ……おいしいぃ……!」
なんと橘さんは、とても美味しそうに猛攻タンメン・死兆星を啜っているではないか!
「田端くん、これ美味しい……! ちょっと舌、ヒリヒリ、しますけど……! すごく、すごくっ!」
「そ、そうか……」
「ふぅ……ふぅ……はむっ! んんっ、んんんーっ!」
橘さんは悶えながらも、とても嬉しそうに激辛味噌タンメンを食べ続けている。
辛味成分であるカプサイシンを豊富に含んだタンメンは、容赦なく橘さんの発汗機能を促進させる。
しかも、今着ているのは、学校指定の白いYシャツのみであるからして……
(この橘さんの背中に浮かんだ桃色は……ま、まさかブラ紐かっ!?)
絶対に凝視してはいけない! だけど見たい気持ちがあるのも確か。
そうして葛藤している俺の傍で、
「あ、あついっ……! はぁ、はぁ……」
なんとうことだろうか!?
あまりの熱さのために、橘さんはYシャツのボタンを1つ、2つと開けたではないか!
「んくっ……はぁ、はぁ……すごく、良いっ……! これ、すごくっ……!」
色っぽい声、透けたピンクのブラ紐、あらわになった汗の滴る見事なデコルテ。
おまけにちらっと見えてしまっている胸の谷間の存在。
もはや俺を含めて、店にいる男性誰もが、辛味噌タンメンそっちのけで美少女の霰もない姿に魅了されてしまっている。
「はぁ……はぁ……ん? 食べないですか……?」
すっかり辛味噌タンメンに取り憑かれている橘さんは、自身の痴態などまるで気づかない様子で問いかけてきた。
「あ、いや、その……!」
汗で蒸発した橘さんの良い匂いがムンと薫って来た。
俺は雑念を払拭すべく、自身のタンメンを思い切り啜る。
ーー舌がカプサイシンにやられ、悶絶したのは言うまでもない。
勿体無いからリバースはしなかったけれども……。