若干プンスカだけど可愛い橘さん
街はやはり、異世界と比べて、非常に多くのものや、人で溢れかえっている。
しかしこの平和は、俺の周囲だけであり、今のもこの世界のどこかでは、異世界のような状態が展開されているのだと思う。
だけど、今目の前には平和な日常というものがある。
だったら、まずはその平和に感謝し、日々を楽しく過ごして行きたい。
そう考えつつ、久々にファストフード店でハンバーガーセットを夕飯として購入し、帰宅するのだった。
(それにしても、ハンバーガーは本当に美味いな。なんか、こう油などで無理やり旨さを押し付けられるてる感覚とか、異世界じゃ無縁だったしな……)
加えて、元の世界へ帰還後は、ほぼ毎日橘さんが健康的で、且つ美味しい料理を毎日振る舞ってくれている。
(そうしてくれるのはありがたいけど、たまにはこういう一人暮らしらしいジャンキーな食事もいいものだな)
あっという間にハンバーガーとポテトを消化し、コーラをズズッと飲んでいた時のこと。
不意にインターフォンが鳴り響いた。
今夜に限っては嫌な予感を抱きつつ、扉を開ける。
「こんばんは! お待たせしました!」
食材の入った買い物袋をぶら下げた橘さんだった。
「今日は部活だったんだよな……?」
「こんな時間になっちゃってごめんなさい。すぐに支度をします! さっき、とても良いカレイが手に入って!」
「そ、そうか。た、楽しみだなぁ!」
「……もしかして……いらない、ですか……?」
鋭さ抜群の橘さんだった。
さて、どう答えたら良いものかと考えていると、橘さんはしょんぼりとした様子で項垂れてしまう。
「あうっ……ごめんなさい……それじゃあ……」
「今夜もお願いできないか?」
閉まる扉を手をで押さえながらそう言う。
「え? でも……もう食べちゃったん、ですよね……?」
「食べたんだが……その…少し物足りなくて、たまたま今コンビニに買い物へ行こうかと思っていたところで……」
「本当?」
「ほ、本当だ!」
「……」
「お腹すいたなぁ……!」
「お米の入る余裕は?」
「ちょっとなら……」
「お邪魔します」
少しブスっとしている橘さんは靴を脱ぎ、綺麗に揃えてから台所へ向かってゆく。
(なんか今のやりとりって新婚夫婦みたいだな……とはいえ、あまりよくないやり取りの方だが……)
そんなことを考えつつ、台所へ向かうと、橘さんはすでにバトルスタイルを完成させている。
「今日は30分!」
「りょ、了解。よろしく……」
橘さんは魚の処理と、炊飯の支度を手際よく同時に始める。
次からはジャンキーな食事をするときは、ちゃんと連絡を入れようと思う俺なのだった。
「すごい……もうお米が炊き上がってる!」
「時間がないときは、お鍋で炊いたほうが早い、ですっ!」
俺が鍋炊きの白米に驚いていると、橘さんは胸を張ってドヤ顔をする。
さらに驚いたのがカレイの煮付けだった。
まるで外食先で出されたかのような、見事な出来である。
「いただきます……!」
軽く箸で摘んだだけで、ほろっと味がほぐれた。
とろけるような食感、適度な油分、しつこすぎない味付けに箸が止まらない。
煮汁の甘辛さも少しお焦げの混じった鍋炊き白米との相性も抜群だった。
「どう?」
「あ、相変わらず美味しいです……」
「ハンバーガーセットとどっちが?」
「なんでそれを!?」
「ゴミ箱の中」
どうやら調理中にごみ箱の中身を見たようだ。
「あっと、それは……」
「でも……」
「ん?」
「今夜も作るって言わなかった私も悪かった、です……ごめんなさい……」
俺だって、橘さんが部活に出ているから今夜は晩飯は1人で……と勝手に思い込んでいたのだ。
決して彼女が悪いわけではない。
「いや、橘さんが謝ることじゃ……」
「明日からはちゃんと、毎日、連絡、入れるように、しますっ!」
「毎日は不要だ。手間になるだろ?」
「え? でも……」
「無理な日……だけ、連絡を貰えれば良いから……」
勇気を出しての発言だった。
これではまるで橘さんと基本的には毎晩、夕飯を共にしたいと言っているようなものである。
「だったら……毎晩お米を3合、炊いておいて、ください……」
「ん!?」
「次の日のお弁当のぶんもあるから。とりあえず、暫くは田端くんちのお米貰います。無くなったら私んちの。2人とも無くなったら折半!」
「りょ、了解」
「ちなみにお米の好みあります、か? 私は粘りの強いミルキークイーン、こしひかり、ゆめぴりかとき好きで……あっ、でも、田端くんちのお米、ササキニシだからあっさりした食味が良いのかな……だ、だったら……!」
「橘さんの好きなお米で構わないぞ。というか、お米ってそんなにも品種があることに驚きだ」
「そう! 食味のチャートだとね、もっちり・あっさり・硬い・柔らかいの要素があってミルキークイーンは餅米に近いくらい、柔らかくてもっちりしてて……」
すっかり早口な、いわゆるオタク喋りになってしまっていた橘さんだった。
この子は本当に食材や料理のことが大好きらしい。
だからこそ、尚のこと"異世界のめぐ"は食料に乏しい世界にうまれてしまっていたので、さぞ悲しい思いをしていたのだろう。
「ご、ごめんなさい……お米の話、つまんない、ですよね……」
気がつくと、橘さんが不安げな様子で俺のことを見ていた。
「いや、むしろ楽しいし、見識が深まって非常に有意義だ」
「そ、そう?」
「まだご飯あるか? おかわりをお願いしたいのだが……」
「ある! いっぱい!」
自然と会話が流れちゃっけど……今交わした約束って、新婚か、同棲したてのカップルみたいじゃないか……?
「田端くんっ! はやくお茶碗を!」
「あ、ああ、すまない。よろしく……」
しかし当の橘さんは、自分たちが実はとんでもない会話を交わしているなど、微塵も気がついていない様子だった。




