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はじめての共同作業と席替え

「席替えのアイディアが、ある方はいますか?」


 ようやく慣れてきたのか、橘さんは割と流暢にクラス全員へ、そう問いかける

 彼女の問いかけに、答えるクラスメイトは皆無であった。


(まぁ、大体はこうなるのが定番だろう。さて……)


 俺は早速、橘さんの傍で、事前にポケットに忍ばせておいた、ルーズリーフを取り出す。

 それを四つ折りにし、開いて潰して三角を作り、それぞれ端を織り込んで開けば、あっという間に“折り紙での入れ物”が完成。


(ふむ。なかなか上手くできたと思うぞ!)


――異世界は本当に娯楽が少なく、折り紙が立派な楽しみの一つとなっていた。

この入れ物の作り方は、異世界のめぐに習ったものである。


(入れものはできたから、次はくじの作成だな)


 先ほど真白先生から頂いた付箋へまずは1から30までの番号を振る。

番号を振り終えたくじを、念の為に四つ折りに、ルーズリーフで作った入れ物へ入れて行く。


「じゃあ……席替えはくじ引きで行います……少し準備の時間を……」


 俺はスッと、出来上がったばかりのくじを橘さんへ差し出した。


「黒板へは席順を書いておくから、橘さんはくじ引きの仕切りをよろしく」


「――っ!?」


 そう小声で伝えると、橘さんは最初こそ、驚いたような表情を見せた。

しかしすぐに俺にしかわからないような角度で、嬉しそうな笑みを返し、



【ありがとう】



と、小声で言われた気がした。


 文句なしに、可愛い表情とリアクションだった。

否応なしに胸がドキドキした。


「ふ、副官……いや、副委員長として、君を支えるのが俺の役目だから……」


「田端君……!」


「さ、さぁ! あとは頼むっ!」


 まだやるべきことは残っているので、俺はさっさと黒板へ向かうものとした。

くじ引きの結果によって生じる席順をランダムに黒板へ記入して行く。


(元の世界でもきちんと橘さんと連携が取れて良かった……)


と、我ながら思う。

 そして席替えの仕事をしながら、俺は密かに"また橘さんの隣になれる"よう、強く願うのだった。



⚫︎⚫︎⚫︎



「移動を、お願いしますっ!」


橘さんの号令で、席の移動が始まった。


「席、どこになりました……?」


ふと橘さんが聞いてきたので、窓際の最後方になったと教える。


「そっか……私は……隣の列の先頭に……」


 どんよりした雰囲気で橘さんはそう告げてくる。

隣同士になれずとても残念そうだった。

 もちろん、俺も同じ気持ちではある。


「くじだからこればかりは仕方ないな」


「うん……それ、じゃあ……バイバイ……。夜ご飯は、必ず一緒に食べようね……」


 橘さんから発せられた"バイバイ"がとても寂しそうに聞こえたのは気のせいではないのだろう。


 どういう形かは未だにはよくわからない。

でも、元の世界の橘さんも、席が離れてしまって落ち込むくらいに、俺のことを意識してくれている。

 それが分かっただけで、今回は恩の字だと思うことにし、俺も席の移動を開始するのだった。


 そうして席の移動をさっさと終えて、他のクラスメイトの移動が終わるのを待っている最中のこと――


「よ、よろしくお願いします……!」


「橘さん……? なぜ、俺の隣に……!?」


 なぜか俺の隣へ再び、とても嬉しそうな顔をした橘さんが現れた。


「あ、えっと、その……本当はここ、相川さんの場所だったんだけど……えっとっ……!」


「相川さんは視力が悪かったな。だから変わってもらったのか?」


「そ、そうっ! それだけっ!」


 なんという奇跡の大逆転なんだろうか!

まさか、再び橘さんと席が隣同士になるだなんて!


「改めて、どうぞよろしく」


「う、うん! えっと……」


 橘さんはサッと周囲に人目がないことを確認した。

瞬間、目の前で亜麻色の長い髪が靡き、彼女の纏う穏やかで品のいいシャンプーの匂いが鼻を掠める。


「公私共に、ね……?」


 そう突然、耳元で柔らかくささやきかけられた。

 あまりに突然で、しかも弱点と自負している耳へ攻め入られたため、全身がゾクゾクした。


「もしかして、また弱点発見、ですか?」


「くっ……そ、その通りだ……」


「ごめんなさい……いや、でした?」


「も、問題ない……少々、驚いただけだ……」


「よかった、ですっ!」


 橘さんはひょいを顔を上げ、満足そうな様子で席へ着く。


 きっとまたこうして学校でも席が隣同士になれたのは、異世界でめぐを幸せにできなかった分、元の世界で橘さん幸せにしてやれとの、大いなる存在からの思し召しなんだと思う俺だった。


⚫︎⚫︎⚫︎


 波乱の午前中が終了し、昼となった。


 俺は蒼太を誘うべく、橘さん弁当を手に、蒼太のところへ向かってゆく。


「蒼太! 昼にしよう!」


「あーわりぃ……ちょっと、今日は用事が……」


「帰るんじゃないぞ?」


「うぐ!?」


「午後の体育、待ってるからな」


「わ、わかったよ! じゃ!」


 たぶん、蒼太は店の関係で、一度家へ戻ったのだろう。

以前は、こうしてそのまま帰ってこないことが多かったが、今は大丈夫かと思う。


(今日は久々に屋上で食べるか……)


 学校の屋上は以前から好きなスポットの一つだったが、異世界転移を経験した俺にとっては更に思い出深い場所となっていた。


(久々に廃墟じゃ無い街並みをみることができたな……ここから……)


 異世界にいた頃、俺は訓練校の屋上で廃墟を街を見下ろしながら、同期の訓練兵たちと様々な話した。

訓練の過酷さへの文句、ジュライとペストを必ず殲滅し人類の平和を勝ち取りたいといった決意、林原軍曹殿への愚痴……


(でも、軍曹殿の厳しさは、俺たち訓練兵たちのことを思ってのことだったんだ……そしてここは軍曹殿の最期の場面を目撃した場所でもある……)


 訓練校へ襲撃をかけてきたペストから俺たちを守るべく、軍曹殿は単身MOAを駆り、命をかけてしんがりを勤めてくれたのだ。

 その結果、軍曹殿は、俺が異世界で目にした最初の戦死者となってしまったのだけれど……


 その時の生々しい記憶が頭を過り、怒りと悲しみがない混ぜとなった感情が湧き起こる。

だがもし、ああなると分かってはいたとしても、訓練兵でしかなかった、俺に何ができただろうか。


「居たっ……!」


 異世界の記憶に囚われているさなか、嬉しい声が聞こえてきた。

驚いて振り返るとそこにはお弁当の包みを持った、橘さんの姿があった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ものすごく読みやすい。 情報量が適切で、渋滞しない。 [一言] あっという間にここまで読みました。 今後にも期待致します。
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